第31話 魔獣前線(8)
目を覚まして辺りを見渡すとそこは闘技場ではなく、どこかの治療室らしく清潔な白いベッドの上で寝かされていた。腕や胴体に包帯がきれいに巻かれていて、多少の痛みもなく完璧に治療されていた。
シーツをはがして、ベッドから立ち上がり軽く伸ばしてから体の調子を確かめていく。
「よし。問題なしだな」
記憶があいまいだが、重傷をこれだけの短い時間で完治できるとは……相当腕のいい治癒師がいるらしい。日がまだ高いのでそう判断すると、この後のことに聞こうと知り合いを探すために部屋を出る。
扉を開くと、見覚えはなくてもどこか組合の建物を感じさせるつくりでまったく知らない場所ではないことに安心する。
「ガリア師とティーアはどこに……」
さっきの部屋に戻って待つべきか、それとも周辺を探すべきか……
「……よし、探そう。すれ違いになったとしても、俺があとで戻ればいい話だしな」
周辺を探索することにして、まずは通路を適当にふらついてどこかの部屋につながることをする。
一本道を窓から街並みを眺めながら歩んでいく。忙しなく動き回る人を見ていると、どこかのんびりしている俺がなんだか笑えてくる。
「それはともかく、全く見覚えがない場所に出たな……」
一本道の先には、扉が一つだけ。それを開いたら、日差しが差し込んで屋内に居たせいか眩しく映り、目を細めて手で遮る。広い草原で、近くには街があるはずなのにまるで郊外にいるようだ。そう感じさせるほどの広さだった。横にあった案内板を見れば修練場と書かれていて、料金を払えばだれでも利用できる施設らしい。
「ま、いいや。他を当たろう」
他の部屋に続く扉があるので、その修練場を後にしてガリア師とティーアの居場所探しを再開する。
***
「へぇ~、ここが防衛都市『サントレア』か」
《転移魔術》で一瞬にして、王都から目的地である街までたどり着き街の入り口前でその城壁に圧倒されるミリア。コマ送りのように景色が変わることは何度も行ってきたことで慣れているが、目の前に大きい建造物があるのは珍しい。
「姫さま~、アタシはもう疲れましたよ~」
「……ええ。ご苦労さま。いつもありがとうね」
「いえいえ~、それがアタシの仕事ですので~。でも、こんなに酷使されると疲れてしまいますよ~」
スタイルがはっきりとしない大きめのローブを纏っていても分かるその、大きな胸と間延びした特徴的な話し方をするのはこの国で唯一の転移の使い手である魔術師だ。一応、ミリア直属の騎士……ということになるのだが、役職的には宮廷魔術師のほうが適切ではある。
「では姫様。参りましょうか」
「そうね、マリー。急ぐにこしたことはないのだから」
ヴィルとミリア。
花畑でしか巡り合わなかった二人が今、この危険地帯にて邂逅しようとしていた。
書状と身分を明かすことでスムーズに手続きが進行し、予定よりも早く門をくぐることに成功したミリア一行はまず、騎士団支部に向かい到着の旨を伝える。あまり良い顔はされなかったが、寝床と支援は惜しまないことだけは確認できたので、今度は冒険者組合に向けて街中を出歩いている。
浮かない顔をする魔術師にミリアは不思議に思い、訊ねてみることに。
「ねえ、顔色が優れないけどどうかしたのかしら?」
「あ、姫さま……いえ、体調は問題ありません~。ただ、そのぅ……冒険者は、色々と遠慮がないものでしてぇ……」
「ああ。そういうことなのね……」
その大きな胸を隠すように、自分を抱きしめるがかえって強調する形となってしまい、圧倒的胸囲にミリアは自分の胸に手を当て……「平均よりはあるっ」と慰めていた。しかし、格差社会ここに在り。ミリアに同行しているマリーは常に傍にいるため、その脅威は知っているし、部下のメイドたちもそこそこ大きい。魔術師は言わずもなが。……平均とはいったい……
とはいえ、それだけ大きければ邪な視線や不躾な態度も取られ、苦労も多かったのだろうと、王女としての立場で苦労するミリアは人知れず魔術師に共感を抱く。
「あ、ここですね~。聞いていた建物の特徴と一致します~」
「そう、では手早く済ませましょう。あまり目立っては面倒ごとも多いですし」
「その通りでございますね。わたくしも姫様に向けられる目をつぶさずにはいられないかもしれませんので」
「……」
冗談に決まっているのだろうが、マリーならやりかねないなとちょっと失礼なことを思い浮かべる。だって、隠しているつもりだろうけど暗器に手を伸ばしかけているところを何度も目撃しているから。
入口でいつまでも固まっていたら、迷惑になるので意を決して扉を開き組合に入ると……
「あれ?」
「おや、妙ですね……これは一体」
「みなさん、気絶していますね~」
むさ苦しい空間を想像していた面々は換算とした組合内部に呆気に取られてしまう。戦場で死体は見慣れているので、生きていることはその違いで確認できるのでそこまで焦ってはいないけど……不可思議な出来事には恐怖を抱く。
とりあえず、倒れている人は安静にさせて誰かが起きるまで腰かけて待機することに。
「……早めに到着して正解だったわね」
「ええ。このような事態は想定外でした……」
「アタシとしては、気が楽なので助かりましたけどね~」
あっけらかんとそう言ってのけるが、魔術師はいつでも戦闘できるように魔術の補助を行える
戦場帰りしたばかりで神経が尖っていることも関係しているのか、いち早くその気配を察知することができた。
「――ッ!」
「……姫様」
「ええ。これは……ガリア団長の気配ね」
「とても怒っている。も追加しておきましょうよ~?」
距離は……離れていない。濃密な怒りの気配を感じながら、感覚に従いその場所に向かっていく。やがて聞こえてくるのは、謝罪の声と必死に声を荒げている男性の声。
そして……
「ね、ねえ……ヴィル? 目を開けて、起きて? ねえ――」
泣いている女の子の泣き声だった。
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