第42話 目的
――そもそも、この旅の目的はなんなのか。
それは騎士となった今、力を得たから大勢を救うためというのもあるが、消え去った水晶の竜を探すことも目的の一つだ。
俺の中に俺を壊すほど大きかった、『獣』と精霊の力を吸い取りどこかへと去っていった竜。その目的が分からず、そして俺に傷跡を残していった。今でも時折、胸に刻まれた水晶が鋭い痛みを発することがある。
そしてその度に、なにかが馴染むような心地がするのだ。これは誰にも言っていないけれど……その痛みがする時、身近な誰かが傷ついている気がする。
それを知るための旅でもある……だから、正直同伴者がいるというのは、やりにくい。
特にこの、英雄視される同伴者というのは特にだ。
「――それで、騎士様はこの山を越えたらどこへ行かれるのですか?」
「……考えてはいませんね」
「なるほど……!」
まるで、何か深い考えがあるかのような、そんな期待の眼差しをされるカナリア殿下に淡々と返答する。
ことによっては不敬罪になりかねない俺の行動に殿下は何の疑問も抱かず純粋に言葉を募る。
英雄という重圧。
期待という重し。
何よりも、力の大半を失ってしまっている。
その事実は俺に深く棘となって縛り付けてくる。この御方に“もしも”があれば……なんて想像もしたくない。しかもそれが、ただの偶然の産物に過ぎないというのがなんとも皮肉が効きすぎている。
「……っ」
「……? どうされましたか?」
無意識のうちに唇を噛み締めていたようで、口の中に血の味が広がっていた。
心配する殿下に対して、問題ないと告げようとしたその時……こちらに迫ってくる気配を察知する。
「殿下。お下がりください……魔獣です」
「いえ! 私も戦いに参加します! 魔術だって使えるのですからっ」
「しかし、この足場の悪さではかえって足手まといになります」
「うぅっ……」
忘れてはいけないが、ここは雪山……先日の猛吹雪で膝にまで埋もれてしまうほど雪が積もっていて歩きにくいのだ。《
だから、下がっていてほしいという提案だったのだが……殿下はどうやら自分も役に立つところを見せたいようで中々俺の提案を渋っている。
「分かりました。せめて、風の魔術で足場を作って安全なところから援護する……ということでよろしいですね」
「っ! はい!」
腰に携えている剣を引き抜いて、正眼に構えると魔獣の姿が見えてきた。
殿下は緊張しているのか、杖をぎゅっと握りしめ少しだけ肩を震わせていた。……俺は、それに対して緊張も恐怖もなく自然体で構えていた。
大半を失ったとはいえ、完全に失ったというわけではない。感じられる気配の大きさから、堅実にこなしていけば余裕で勝てると予測できるから。
そう、力量差を計ることも、それだけの自負を身に付けられるくらいには、強くなっている。
「人狼が、三匹……いけますか?」
「も、もちろんです……っ」
少し遠いが、目を細めてみれば姿を視認できる。厚い毛皮に覆われ、二足歩行でこちらに向かってくる獣の姿が。人狼と呼ばれる魔獣の一種で、その脅威度は以前の俺なら逃げ出そうと思っても叶わないだろう。
でも――
「……《
「すぅ……――っ」
殿下は魔術で、空中に足場を築き、俺は身体の内側から熱を生み出し全身に巡らせる。右目が特に疼いて、一瞬だけ痛みが伴うが数刻すれば、それも馴染んでくる。
『獣ノ血』……前ほどの力はないが、同時に暴力衝動も感じない。意識して抑え込めるほど弱々しい。失ったことで、得たこともある。
「……! グオオオオ!!」
「来ますッ!」
「はいっ」
標的だけを視界に映し、全身の熱を足に集中させる。
ほんの一瞬だけ脱力感が俺を襲い、爆発的な脚力と爆発を引き起こす。
「――ッ!」
一瞬にして距離も詰めて、先頭の人狼の首を撥ねる。白い大地を赤く汚し、獣臭い血で辺りを満たす。
ゴロンと転がる人狼の首は、おせじにもきれいとは言えない。ぶちぶちと引きちぎられたような切断面に、胴体からあふれ出る噴水によって濡れてしまっている。
「――んぐっ」
その悲惨な光景に殿下が口元を押さえる。吐き気をこらえるようにしながら、気丈に両足で立ち続ける。正直、やり過ぎではあると思うが、
「シッ!」
一閃、それを二度繰り返せばたやすく人狼を屠ることはできる。『獣』の力は、目に現れるようで一睨みすれば少しだけ動きを封じることができる。力量差にもよるが、弱い魔獣ならそれだけで気絶することもある。
「ふぅ……さあ、早くここから去りましょう。他の魔獣が寄ってこないとも限らないので」
「うっ……は、はい。申し訳ありません」
「いえ、構いません。カナリア様に何もなければ、それでいいのです」
未だに吐き気がおさまらない殿下にそう声をかけるが、決して手は貸さない。
……早く、その心が折れることを願って。早く、“英雄”に幻滅して、この旅から消えてほしい。
俺の旅は続く。
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