第45話 強襲
――魔獣の生態は簡単だ。
血に惹かれる……それだけだ。とくにマナの濃い血肉を求めて、彷徨っている。
だから、俺は雪山の白い地面を赤く染めていく。
左腕を剣で切り裂き、血を垂れ流していく。
あとは放っておけば、ぞろぞろと集まってくるだろう。
生憎と治癒魔術の類は使えないので、『獣』の力を使って自己治癒能力を高めていく。
……あたりには自分の血の匂いで満ちていて、自然と気分は戦場の中にいると錯覚し始める。
「ふぅ……」
息を吐き、体のマナを整え……全身に張り巡らせていく。
今回は、
なら身体能力を向上させたり、なにかと汎用性の高い『獣ノ血』を発揮させたほうがいい。
「――っ」
血が、沸き立つ。
全身が沸騰して、気化してしまうと……そう錯覚してしまう。
でも、それでいい。
それこそ、俺が望んでいるものだ。
魔獣の臭いが近づいてくる。
濃く、そして醜悪な臭い。
確か、魔獣は汚染されたマナを取り込んだ血肉で出来ていると以前聞いたことがある。
俺は、そういったマナの匂いを嗅ぎ分けることができる。
当然、俺本来の力ではない。
借り物――あの「獣」の力だ。
「……でも、それでも構わない」
大切な誰かを守ることができるなら、俺はそれでいい。
柄をきつく握りしめ、魔獣がいるであろう方向へと向き直る。
すでに腕の出血は止まっている。
《
準備は万端――そう思っていたとき、強い振動が地面から足を伝って察知する。
「――ッ!」
俺は即座に、茨を指し向け……正体を確かめる。
触れたとそう思った時には、すでに巻き付けていて……足、だろうか? なにかの動物のような足を拘束していた。
「行くか」
俺は、現場に向かい駆け抜ける。
おおよそ、人の限界を超えた動きでそこに向かうと……熊の魔獣――スノウベアが捕まっていた。
「グルゥ……グルァァァ!」
「――――」
俺は、茨が引きちぎられることを知覚し、剣を構え――そのまま頭蓋に剣を叩きつける。
それは、斬るというよりも鈍器で殴りつけるといったほうが適切かもしれない。
仕方ないことだ。
『獣ノ血』を使うと、体の勝手が違い、制御が甘くなるのだ。
そんな状態でまともに剣を振るえるはずもなく――
グシャ――と血肉が飛び散り、辺りを汚していく。
不快な臭気が俺に襲いかかる。
思わず鼻をつまんでしまう。
……しかし、すぐに周囲を魔獣に囲まれていることに気が付く。
「……ちっ」
小さく舌打ち。
これだけの数を相手にすることは――まあ、難しくはない。
だけど、すぐにとはいかないだろう。カナリア殿下からあまり長時間離れたくはない。
そう考え――速攻で片づけようと、相手の動きを探る前に、こちらから踏み込んでいく。
「――はッ」
三体まとめて、横に振るい、真っ二つにする。
その際、血を浴びてしまうが特に気にせず……次の獲物へと目を向けて、足に力を込め――跳躍し、上から思い切り脳天に突き刺す。
剣がうまく刺さり過ぎて、引き抜けなくなったところを狙われて、スノウベアがその巨大な爪を振るってくる――。
「くっ――」
「グルァァァ!!」
剣を手放し、腕を眼前で交差させ頭部を保護する。
さすがに強化されているとはいえ、魔獣の一撃を完全に防ぎきることはできず、傷を負ってしまう。
「だが、致命的じゃない!」
雪に足を取られないようにしつつ、俺は思い切り踏み込み俺に傷を付けたスノウベアの下へと駆け寄っていく。
「グルァ!」
「おらぁ!」
一瞬。
限界を超えた身体強化により、拳はいともたやすく爪を砕き、腕をひしゃげさせる。……反動でこちらの左腕の骨にヒビが入ってしまうが、その内治るので問題ない。
俺は、構わず魔獣を蹴り飛ばし、剣を再び握ろうと突き刺したままのスノウベアの下へと近づいて――
「フンっ」
力任せに引き抜いた。
頑丈な造りになっているので、多少強引に扱っても問題ない。
だけど、まだまだ魔獣はたくさん――これでは、きっと剣は持たないだろう。
「街に戻ったら、武器屋か鍛冶師の所にでも寄るか――っと」
背後から踏み潰そうとしてくる魔獣の攻撃を躱し、逆にその頭を地面に組み伏せる。
――グキャリ、と首の骨を折る。
「はぁ……さすがに、連戦はキツイ……な」
体力的にはまだまだ余裕だ。
だけど――
「グ、がっ――ァア……」
血が、騒ぐんだ。
俺の中を暴れまわって、外に出せと暴れ狂うんだ。
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