第44話 悪夢
――悪夢……夢なんて、ただの幻影。
そう思っていた。
けれど、最近はこうも思うんだ。
……夢がなければ、俺は俺でなかったかもしれない。俺の見る夢は普通ではないと、いつから気づいたのだろう。
始まりは、俺が「力」を手に入れたきっかけとなった、あの街の出来事。
そして、次は、ティーアの腕が切り落とされた時。
ガリア師が重症を負った時。
……ミリアが、死にかけた時。
数え上げればきりがない。
その度に、夢を見てきた。
見たことの無い景色と、見たことのある人達。
その人たちが、死んでいく。
あっけなく、死んでいく。
俺は、何もできない。何もするつもりがない。行動を起こせない。なにもかもを取りこぼす。
……その背後で、水晶の竜は嘲笑う。
『これが、お前に似合う末路だ』、『本来あるべき結末なのだ』……そう言っているようにしか思えない。
尚更、みじめだった。
どうして、俺には力を得ても何も変わりはしないのだろう。
叙勲されて、騎士になったって……変わらない。
変わらなさすぎる。
せいぜい、戦いに苦労しなくなっただけだ。
必死こいて戦っても、なにも変わらない。
ただただ、零れ落ちていく。
――街は崩れ去って、闇に落ちていく。
いや、それだけにとどまらない。
世界全体が、真っ暗になってしまう。
俺は、そこに揺蕩う。眼前に迫るのは、竜だ。
その足元には、敵国の鎧を身に纏う兵士。
いったい、何を暗示して、俺に何をさせたいのだろう。
水晶の竜は俺に何を望んでいる。
……ああ、ちくしょう。
悔しい。
悔しくて、悔しくて仕方ない。
何もかも、あの竜の手の平の上。
俺は、欲張りだ。
欲張りなばっかりに、なにも助けられない。欲張りすぎて、なにもかもを失ってしまう。
『――――』
「ああ……そうさ。俺は、力が欲しかった……でもそれは、誰かを助けたかったからだ」
『――――』
「うるさい。俺は……俺、は……」
竜はまるで、責め立てるようにこちらを眺めている。
俺が何をしたのか、突き付けてくる。
真っ暗で何もない世界で、一人と一匹は向かい合うこともせず、立ち尽くすだけ。
「……っ!」
おもむろに剣を取りだすと、適当に振るう。
たったそれだけで、敵国の兵士はどこかへと吹き飛んでいく。
……世界がぶれる。
視界が揺らぐ。
………ああ、目覚めの時間だ。
『…………情けないな。貴様は』
結局、この竜はなにがしたいんだろう。分からずじまいのまま、今回の夢を終わりを迎える。
***
「騎士様! 騎士様! 起きてください! 朝です!」
「……ええ。今起きます」
カナリア殿下に揺さぶられながら、俺は直前まで何をしていたかを思い出そうと頭を押さえる。
確か、カナリア殿下にせがまれて、色々とお話をして……それから、何をしていたのだろう。
よく、思い出せないけど……大事なことだったような気がする。
「さあ! 領主様に挨拶をして、さっそく魔獣を退治しに行きましょう!」
「……いえ、殿下はお留守番です。ご自愛してください」
「……え?」
理解不能と言いたげな表情を浮かべているが、よく考えたら当然のことだろう。
王族が自ら、危険に行くことなんて……そう、よくある話……かもしれないけど、そもそもとして殿下は幼く、戦いも拙い。
「――というわけでして。領主殿には殿下をお守りしていただきたい」
「なるほど。そういうことでしたら、お任せください。英雄殿が憂いなく戦えるよう、万全を期しましょう」
「ありがとうございます」
そうして、俺は街を出て……件の雪山へと向かうのだった。
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