第47話 郷愁

 ――触れてはいけない。


 そう直感し、一気に距離を取る。

 意思はまるで、感じられないが、生きている・・・・・と思わせるようにドクン、ドクン、と脈打っている。

 ……それは、まるで俺の心臓のように。


「いや、そんなわけないか」


 その泥のようなものから距離を取る。

 不思議と惹かれるものがあるが、それに逆らうほうが良い気がする。黒い泥は雪山を浸食し、呑み込み始める。

 おそらく、俺も触れたら呑み込まれてしまうのだろう。


「これは……領主に報告するべきか」


 しかし、異様に懐かしんでいる。

 これは……俺じゃない。

 俺の中の、獣がそう感じているんだ。


「――っ」


 しかし、そんな郷愁を振り切って、俺は踵を返す。

 けれどそんな俺の態度が気に入らなかったのか……泥はこちらを呑み込もうと覆い被さってくる。


 俺は、咄嗟『獣』を発動させて……。


「――はっ!」


 地面を吹き飛ばし、泥から逃げる。

 ……ダメだ。

 逃げきれない。すぐにそう察して、俺は剣を取り出し――精霊武装を展開する。


「――【罪人を写す水鏡】」


 泥に呑み込まれる瞬間……『霊剣リューズヴィエ』を発動させる。

 完全なカウンター……とはいかずとも、この泥に耐えるにはこれしかないと確信していた。

 これは外敵をすべて跳ね除ける。

 だから、泥を跳ねのける。


 ……でも、完全に、ではない。

 腕や足先は少しずつ、侵食されていっている。


「く……っ」


 『霊剣リューズヴィエ』を振るって、泥をどかしていくが……あまり効果はない。

 精霊武装が発光しているから、居場所を見失いはしないが……辺りが真っ暗だ。

 ここから脱出する――にしても、探索しないわけにはいかないだろう。


「……行く、いかないのか」


 カナリア殿下を残していくことに抵抗があるが、そこは領主を信じることにしよう。


***


「真っ暗だな……」


 なにもなく、そしてなにも見えない。

 かろうじて足元が見える程度の明るさ――真っすぐ進んでいるのか、それともおんなじところをぐるぐるしているのか。

 それすらも分からない。


「…………」


 黙って、ただ突き進む。

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