第29話 魔獣前線(6)
闘技場にたどり着くと、そこにはすでに戦闘の準備を整えている冒険者とフェールムさん。それに隅っこのほうにティーアがいて、ここに来るまでに険悪な空気を解消していた俺とガリア師を見つけると即座に駆け寄ってくる。聞くところによるとどうやら人見知りする性格らしく、知り合いがいない空間は駄目だったらしい。
それと、どこか怯えているようにも見えて不思議がっていると、フェールムさんが俺たちの到着に気付いたらしく手を振ってくる。隣にいる冒険者は虚ろな目をしたまま虚空を見つめて、上の空だ。
あはは、とフェールムさんが朗らかに笑っているが時折ビクッとティーの肩が跳ね上がり、サッと俺の後ろに隠れてしまう。どうやら、フェールムさんの行動に合わせて怯えているらしい。その様子からどうやら苦手意識を持ってしまったと思って、尋ねてみることにする。
「えっと……何があったんですか? って聞いてもいいですか?」
「……悪魔」
端的にそう申すと、それ以上は語らない。無表情が常に張り付いたようなティーアだけど、今の表情はその上からお面を被っているような雰囲気すら感じられる。
「えっと……フェールムさんがですか?」
「そう」
あの柔らかそうな雰囲気からは想像もできない言葉だけど、考えてみればあの魅了するような声は確かに悪魔的かもしれないと、同調するように俺は回答する。
「……いやまあ、あの人の不思議な力は恐ろしいですからね」
「
「えっと……?」
久しぶりにティーアの言葉を読み違えて、困惑してしまう。しばらく悩んで何が悪魔なのか考えてみる。
力ではないとしたら、何だというのか。いや、まさか――
「……もしかして、普通に人として苦手ってことです?」
「うん」
「そこまで、はっきりと言うほどですか……」
きっぱりと言い張るティーア。どうやら正解だったらしく、ティーアが言う悪魔とは性格的な意味だったらしい。……悪魔とはさすがに言いすぎでは? という言葉は飲み込んで、こっそりフェールムさんの様子を見てみるがニコニコと笑っているだけだ。なぜだかそれが、胡散くさく見えて視線を外して再びティーアのほうに向きなおる。
「言うほどですかね? とてもそうは思えませんけど」
「……
「はあ……そうですか」
「……ティーアの言い分も理解できなくはない。アレは性根が他者を惑わすことに向いているからな」
「ガリア師まで……」
意外なところから同様の意見が飛んできて、びっくりしてしまう。
それにしても……そこまで嫌われるのも珍しい気がする。会って間もないはずなのに。本当に俺とガリア師がいない間に何があったのか、ますます気になってしまう。
聞いても、はぐらかされてしまう気がするけど。
苦手……ということなら俺もそうなので分かるが、悪魔と罵るほど嫌いになれるだろうか? 普通は魅了するような声の力を恐れて、距離を取りたがるもので、嫌いなんて感情は感じないと思う。
「とりあえず、行ってきますね」
「……健闘」
「はい、とりあえず頑張ってはみますよ」
ま、考えても仕方ないと結論づけて、いつまでも会話していないで決闘の準備をしないといけないなと闘技場の中心に向かおうとしたところでティーアから激励してもらう。それに応えられるよう、決意を固め改めて中心にいるフェールムさんのところに話を聞きに行く。
「お話はもういいのかな?」
「……はい。それで決闘、するんですよね?」
「うん、そのつもりだよ。……ああ、心配しなくても命までは取らないから」
あっけらかんと、俺の敗北を疑っていないと告げてくる。声色は変わっていないのに、冷ややかに感じるのは先程のティーアの言葉のせいか、それとも突き放すような『オーラ』を感じるせいか。なまじ人の感情を読み取れるようになったせいか、悲しくなってしまう。
「……それは素直に感謝しておきます」
「そう。ガリアと違って正直だね」
この態度がティーアが嫌うようになった原因なのか。そうとも思えるが、これくらいの態度ごときであそこまで嫌えるとは思えない。
「……じゃ、ルールの確認からだけど……今回は茶番にすぎないしね。シンプルにどちらかが攻撃を当てて、審判に致命傷と判断されたら負け、でどうかな?」
分かりやすくて、怪しいところを探す余地もないほど簡単なルールで問題は無いように見える。冷たい態度を取られているからといって、そこは組合の責任者、おまけにガリア師の信頼もあって疑うようなことはしなかった。
「異論はないです。けど、審判は誰が務めるのですか?」
「それは、ガリアにかな~。この場で私と君が両方信頼できる相手は、彼くらいだからね」
それは確かにと思って、問題ないと首肯する。
「分かりました。では、剣を構えたら俺の準備は終了です」
「そう……ガリアー。ちょっと審判してくれない? 決闘のルールなんだけど――」
フェールムさんは遠くにいるガリア師を呼び寄せて決闘のルールと審判を頼む旨を伝える。
ガリア師は承諾し、俺と冒険者の間に立つ。手を下ろすことで開始の合図となるらしく、鞘から剣を抜いて正眼に構えて集中する。
「……」
それに合わせて、相手の冒険者も剣を片手剣と盾を構えて騎士学院では見たこともない型を構える。魔獣を日々相手にしている冒険者にとって、どんな状況にも対処できるような無形の型。
たいして、俺の構えは騎士の訓練で染みついた正眼による
目を合わせ、緊張が走り汗が頬を伝う。
手に力が入って、柄を強く握りしめて力む肩をなだめようと深く息を吸う。
「――始め!」
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