第28話 魔獣前線(5)
「残念だけど、答えるつもりはないかな~」
おどけるように、その人――フェールムさんは言う。再び、輪郭がぼやけておそろしいまでの美しい声に壁一枚をはさんだように遠く聞こえてくる。
しかし、先程体験したせいか潜在的な恐怖を感じて震えあがってしまう。
「……ん、冷静に」
「あ、ああ。……はい」
手を握られて、落ち着きを取り戻す。どうやら比較的影響が少ないらしいティーアが握ってくれたらしい。
「んー、やっぱりこの力制御しきれない……というか、抑えきれないよね」
「……影響のないようにはできているのだ。進歩はしているだろう」
どうやら先程の出来事は、フェールムさんにとっても嫌なことらしく見えずとも顔が悲し気に歪んでいることは分かった。
……普通の人より長く見えた耳が関係しているのだろうか。ガリア師は直接聞けと言っていたが、踏み込みづらいというか聞いても教えてくれなさそうな気がする。
「それで、その決闘はいつにする。あまり時間は取られたくないのだ。その理由はわかるだろう?」
「ああ、もちろん。手遅れになってしまえば、君を呼んだ意味がない。本音を言えばこんな些事は手短く終わらせて、さっさと魔獣でも倒してきてもらいたいよ」
ということで、今すぐにでも始めたいらしい。俺としても特に憂うこともないので受諾するが、決闘を行う場所である闘技場に行く前にガリア師に呼び止められ、人気のないところへ二人きりの状態で連れていかれる。
壁際まで追いつめられると、尋問するようにガリア師は問いかけてくる。
「お前……いつの間に『オーラ』が見えるようになった?」
「へっ? オーラ、ですか? いえ、見えていませんけど……」
「目に集中してみろ。よく凝らして、小さいものを覗き込むように」
「分かりましたけど……」
あれだけ、修得できなかったオーラの操作の前提技能をできるようになったと言われて疑念を抱いてしまう。というか、どうしてガリア師にはそれが分かるのか。それこそ謎だな。
まあ、言われた通り目を凝らしてオーラを見ようと意気込みガリア師を見ると……
「んー。なんか薄い、モヤ? のような物が見えますけど……これがオーラですか?」
「そうだ。……しかし、どうしていきなり修得できたのだ。兆候は何も感じなかった。元々少年には才能はないが、オーラを扱う素質がないわけではない。だから急に開花するなど――いや、まさかそんなことがありえるのか?」
「ガリア師?」
俺がオーラを視えることを伝えた途端、ガリア師は口に出しながら熟考してこちらの様子が見えなくなっているように見える。それほどまでに集中して考えているようで、言葉の端々から何科には気付いているようだがその内容はさっぱり分からない。
しばらくして、結論に至ったのかこちらを見る。
「少年……なにか最近、変わったこと。そうだな、
「……? そんな夢は見ていない、と思いますけど?」
いきなりそんな質問をされれば、誰でも不思議に思うだろうが俺も例にもれずそう思ったが、とりあえず質問には素早く答える。
「本当か? 忘れているだけとかではなく?」
「そもそも夢って覚えているものですかね? ――ああ、でも」
そういえば、一つだけ気になる言葉が思い浮かんでくる。それは、あのティーアが……何をしたのかは覚えていないけど、はっきりと覚えていることはあった。あの夢はほとんど寝起きの時と比べれば鮮明には思い出せばいのに、それだけは頭に残っている。
でも、どこか聞きたいようで何かが変わってしまう予感もあった。
「でも、なんだ?」
そう聞き返されてしまえば、答えないわけにはいかず……
「『獣ノ血』」
「っ!?」
決定的にガリア師の表情と……見えっぱなしのオーラが変化する。
「とはなんですかね? 多分夢に出てきた言葉だと思うんですけど……なぜか頭から離れなくて」
「それ、は……知らなくていいことだ。そうか、そういうことだったか……お前が、そうなのか?」
その言葉を出しただけガリア師は納得したようで、これ以上何も話すことはなかった。
たったこれだけの情報から、そもそも夢から出てきた言葉を信じてくれるガリア師からの信用を感じるけど……険悪だ。
オーラというのは感情に直結するようで、ガリア師の纏うオーラが剣のように鋭く俺に向けられている。冒険者の雰囲気とは違う、明確な個人に対する敵意を感じる。
「あの……」
「なんだ?」
「……いえ、なんでもないです」
身をすくむような、凍えるほどの表情。先程まで、弟子だと気にかけてくれて温かいと感じられたはずのガリア師から、魔獣と相対したとき以上に命の危機を感じてしまう。
「……すまん。少年が悪いと決まったわけではないのだが……」
「いえ……」
「けれど、その言葉は他の者……特にティーアにだけは絶対に言うな」
そう言い残し、先程のとげとげしい雰囲気ではなくなりひとまずこの問題については、これ以上言及されることはなくなった。
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