第33話 魔獣前線(10)
――結局、ミリアが運ぶことになりフェールムの案内の下で医務室に向かっている。
横で、恨めしそうに見つめるティーアに気付かないミリアは労わるように優しくヴィルを支える。その事実を苦い顔で付き従うマリー。
その後ろから、ヴィルと決闘していた冒険者を運ぶガリア。
一度はガリアがヴィルを運ぶことになっていたはずなのに、どうしてこうなって言るのかと言えば……別に深い理由はない。マリーがそんな欲塗れの男を触れさせたくなかったからである。当然ティーアでも運ぶことが難しので、ガリアに白羽の矢が立ったというそれだけだ。
「……さ、この先にあるからさっさと運んじゃってね」
「分かりました」
「……」
「そうむくれるな。お前だって、少年の怪我が悪化してほしくはないだろう」
「……
時間が経って落ち着いたのか、いつものしゃべり方に戻るティーア。以前その頬は膨らんだままである。何がどうしてそうさせるのか、それは分からないけど胸のざわめきは落ち着かない。
そんなことをしている内に運び終えたらしく、身軽になったミリアが視界に映る。
「話をするなら、怪我人の近くじゃなくて落ち着いたところがいいよね?」
「ああ。そうだな……殿下もそれでよろしいですか?」
「はい、構いません」
再び、フェールムの案内で客間のようなところに案内され……そこで、ミリアは学院であった出来事。花畑での出会いや、ヴィルへの級友による仕打ち。
才能がなくとも、夢に向かって志すその姿にはマリーでさえもほんの少しだけ同情せざるを得ない。ティーアに至っては、俯いて表情が見えない。
そのすべてを余すことなく伝えると、ガリアは拳を深く握りしめ、血が出るほど何かを悔やんでいた。
「……俺は……そんな、ひたむきな少年に対して、なんてことを――ッ」
気になりはするが、それ以外にも聞かなければならないことがある。
「それで……私の事情、というか理由は話しました。今度はそちらの番なのではないでしょうか?」
「あ、ああ……そうだな。まずは、魔獣の森での野外演習で魔獣の反乱があってな――そこで、俺は少年と出会ったんだ」
「……そういえば、大怪我をしてしばらく会えばい時期がありましたね」
「……その時、俺は感じたんです。力に対する執着心と死に対する諦めのような何かと生に対する、異様なまでの希薄さに」
きっと死にたいとも、死にたくないとも思っていたのだろうとガリアは懐かしむように語る。
「……弟子に、俺の戦いの技を伝えたいとそう思えるほどでした」
「それで、ヴィルを」
「ええ、まあ、そんなところです」
「……だからこんなところに居たんですね……」
「そこで、冒険者に絡まれて……細かいところは省きますが、結果。あのように決闘することになってしまったんです」
「そう、ですか」
聞き終えると、納得のいかない顔をするミリアに何も言えない一同。
『――――ッ』
けれど、そんな暇はなく突然轟音と地震のような振動がおそう。何事かと窓の外を見れば……煙があがり、悲鳴と咆哮が聞こえてくる。
そして……全員の知覚に、濃密なマナの気配を察知させる。深く、恐ろしい不浄なマナは魔獣のもの。
それがどうしてこんなところに……なんて、考える必要はない。
「……全員、戦闘態勢!」
ガリアの一喝で、剣を構えたり忍ばせていた暗器を取り出す者、杖を構えて魔術を発動できるようにマナを練る者。
***
俺は、彷徨っていた。迷っていた。何処に居るのかも分からず、景色が切り替わる。
こんな光景は夢でしかありえない。
「……おかしいな。さっきまで普通に歩いていたはずなんだが……」
それすらも夢だったのか、体は自由が利かず鈍く伝わる痛みだけが今は頼りだった。
思えば、あの決闘はどうなったのだろう? 勝っていたとしても負けていたとしても、きっと何も起こらないものだった。けれど、いつものように諦める選択肢が出てこなかった。
まるで……魔獣に殺されかけたように、自分の命を秤に乗せずに行動していた。
冷静になれば、可笑しな行動だった。
「……まるで、そうなる“運命”だったみたいだな。……ハッ」
俺は、運命なんて残酷なものは信じてはいない。
もし実在するなら、俺に……才能なんて、力なんてこれっぽっちもない俺に過酷な試練を与える筈がないから。
だから、きっと場の勢いと血の迷いだった。
そのはずなんだ。
「……」
そうして、移り変わる景色がたどり着いたのは……二本に分岐する分かれ道。
一つは、いつか見た眩い夕焼けと穏やかで泣きそうな彼女と寄り添って、抱き合って……幸せそうに泣き始める。そうして、後ろを見れば、誰もが笑みを浮かべて横たわり、二度と目は覚まさない。けれど、何かを成し遂げた一時の夢みたいなそんな泡沫の景色。
片方を見れば、血みどろで吐き気を催すような光景だった。
臓物がまき散らされて、その中心で見たこともない『魔獣』が狂ったように雄叫びを上げて、貪り尽くす。
その傍らには、大事そうに抱える少女の姿。
割れたガラスに映し出された、すべてを壊して救った、地獄の光景。
「これ、は……」
『フン、これは選択肢だ』
「……!?」
『ええ、これは……英雄になるか、それとも一人の救世主になるか……そんな未来の選択肢』
「だ、誰だ!」
知らないはずの男と女の声に、柄も知れぬ恐怖に突き動かされて、その場から離れようにも体は動かずガタガタと震えるだけしかできなかった。
『……あまりに、情けない姿だな。これが我の■■だと考えるだけで、吐き捨てたくなる』
『まあまあ、いいじゃないですか『獣』。これくらい人間味があるほうが可愛いじゃないですか!』
『ハッ! 最近知り合ったばかりだが、どうもお前の趣味嗜好は理解に苦しむな『水鏡の亡霊』。強さを冠して、ねじ伏せ圧倒する者こそ美しいだろう』
『せめて……精霊と言ってください。野蛮な負け犬』
『――! 何だと貴様!』
突然現れて、俺の知らないところで喧嘩し始める二人(?)の姿は徐々に見えてくる。
『野蛮で、おまけに言えば情けない死に方をした犬っころじゃないですか!』
半透明な青色の美しい女性の姿をした……よく分からない生命体をしているその人は、感情豊かに目の前にいる、
『フンッ。弱者をそうして、貶め可愛がるお前には負けるわ! この性悪!』
狼の姿をしながら……どこか朧げな大きな黒い炎。獰猛ながら、冷徹な意思を感じさせる、翡翠の瞳は無機質に何も映さない。
『なんですって!』
すると青い女性は、こちらに振り返り食い気味に尋ねてくる。
『ねえ、ヴィル! アタシの可愛い愚かな騎士! あなたなら、どっちを選ぶ!?』
「は……?」
『……なるほど、そいつに選ばせるわけか。いいだろう』
「え、え?」
いいだろうではなく、詳しい説明を求めたい。
その心が通じたわけではないだろうが、二人は厳正に語る。
『アタシを手に取れば、執行を為し罪人の首を落とす断頭台の剣となって、愚かな騎士に力を与えましょう――』
『我を喰らえば、その身を焦がすほどの熱を破壊に変え、猛進し続ける、強くなり続ける、戦い続ける戦士として覚醒させてみせよう――』
『『――さあ、アタシ/我を手に取れ』』
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