第34話 魔獣前線(11)


 手を取れ。

 そう言われてから、はたしてどれだけの時間が経ったのか。そもそもこれはただの夢。そう思って、いくら目覚めようともがいてみるけど、目の前の光景は変わらないし面白そうに手を伸ばす青い女性とふんぞり返って、こちらを見下すくろい炎の狼の姿に変化はない。


「選べって……そんなこと、急に言われてもな……」

『フム……時間のことを気にしているなら、心配はないぞ。ここは精神世界――夢のようなものだ。貴様がいくら悩んで、悩みまくって我を選んだとしても現実では一秒にも満たない』

『……ちょっと、勝手に『獣』選ばれるとか決めないでくれますー? アタシに決まっているのに』

「いや、ちょ……また喧嘩するなよ……」

『……フン』

『ハッ……』


 どうしてこうも、仲が悪いのか。それをきにしている余裕はなく、目の前に分岐している選択肢の内どちらかを選ばなければならない。

 そのプレッシャーが押し寄せてくる。


 普通に選ぶなら、あの青い女性の手なのだろう。けれど、その後ろに転がる穏やかな死体の山が気になって、決意が固まり切らない。

 逆に黒い炎の狼なら――考えるまでもなく、地獄だ。

 傍らにいる少女のためなのか、虐殺を繰り返すその光景は俺の目指す主騎士の在り方から真向に反抗している。

 だから、どちらも選べないし選びたくない。

 それが俺の答えなのだが、


「……」


 きっと、それを許してくれないのだろう。

 ニコニコしているその笑みの奥には、ほの暗いナニカが渦巻いているし、狼に至ってはそのまんまだ。喰い殺されて、ズタボロに引き割かれて苦痛の限りを尽くされる。


 選択の時がきたのだ。


 正常な道では俺は目指す者にも、きっと現れる救いたい人も救えずに終わる。

 だから、今ここで選択しなければならない。道を。

 道を選んで突き進まなければならない。

 停滞することも、もうできない。

 弱いままでいることは、もっと許されない。


『……どうやら、覚悟は定まったようだな』

『ええ。……それで? どちらを選ぶというの、愚かな騎士』

「俺は――」



***



 ――時は動き出した。


「ヤアアア!!」


 ミリアの斬撃は一撃で魔獣の体を、まとめて斬り刻む。原理は不明だが、剣を持てば斬ることに関してミリアに不可能はないとされている。

 そして、その才能はこの魔獣であふれかえった戦場にて存分に輝いていた。人を相手にしていない分、気が楽ではあるが疲労は確実に蓄積されている。


「――! ハァッ」


 横からくる噛みつきを、その場で一回転。ふわりと舞うように躱すその姿は舞踊でも見ているかのように美しい。疲労を感じさせない身軽さで、一切のぶれもなく魔獣を相手にする。

 手に持つ青い剣を軽く振るい、一閃すれば辺りには血で一杯になり汚れた現実を理解させる。結局、血だらけなのは変わりないことを。

 そんなことにもお構いなしに、『剣聖王女』ミリアは誰よりも輝いていた。思わず目を惹かれるほどその剣技は極まっていた。


 被害を広めないためにも、駆けながら横凪にまとめて剣を振るって行く。獣型の魔獣は、口を開けているのでそこから顎に沿って力を籠めるだけで、真っ二つにすることができる。

 あたり前のように発揮される超絶技巧を前にして、ティーアは火が付いたのか“刻測”を発動させる。


「――――《タイムカウント1:2.5》」


 自分だけが引き延ばされた時間の中で、ティーアだけが認識できる。確実に距離を詰めてから、急所のみを正確に短剣で突き刺していく。

 血で汚れる間もなく、一体二体と繰り返して、ミリアに負けじと戦果を挙げていく。しかし、機械のように処理していく中で、うずまく憎悪の心は抑えが効かず時折、


「……ッ! 死ねッ!!!!」


 暴発するように、頭部がはじけ飛び、神速の勢いで細切れにされる魔獣たち。今はそんな場合じゃないとしても、復讐という甘い蜜にティーアという蝶は引き寄せられてしまう。


 そして、忘れてはいけないのは街中での戦闘は住民の避難が完了しない内は、常に非戦闘民が襲われることを想定しなければならない。


「……まずい! ティーア!!」

「……え? 何?」

「そこの魔獣、速く倒して!」

「なんで?」

「――なんでって、そん……な、ことぉっ!」


 会話しながらも、淡々と処理していく。結局、マナ強化で人外の速度で駆けつけたミリアの手によって襲われそうな住民は救助される。

 親子はミリアに礼を言いながら、慌ててその場から離れていく。


「……ねえ」

「何? 忙しい」

「ふざけてるの? どうして、無視したの?」

「……? 理解不能。魔獣討伐、優先事項」

「違う! 街の人を助けることこそ、一番大事なことだ!」


 王女である仮面も忘れて、ヴィルに接するような口調でティーアを責め立てるように、意見の食い違いを正していく。

 けれど、ティーアを知らないミリアはついぞ知ることはない。


 ……ティーアの目にはすでに違う魔獣の姿しか見えていないことに。

 ミリアが国民を守るために戦うように、ティーアにも魔獣と戦う強い理由があった。


「……お父さん、お母さんの仇ィ……」


 ぼそりと、誰にも聞こえない声で小さくつぶやく。小さい体からは想像もできないマナの高まりに転移の魔術師は背筋が凍るように震えあがってしまう。


「……ヒッ」

「…………ティーア」


 やはり、連れてくるべきではなかったか。

 魔獣に対する思いは、時間が解消するどころか育まれてしまったとガリアは一人後悔する。

 『オーラ』で、武器や体を強化しながら魔獣の攻撃から魔術師を守りつつ戦況を冷静に俯瞰する。

 冒険者や、フェールムの指揮の下で戦う新人騎士が何とか食い止めている状況でいつ、崩壊してもおかしくはない。

 なんとかしようにも、何も思いつかない。親玉でもいれば、話は早いのだが大氾濫スタンピードは高濃度なマナが魔獣を狂わし暴れさせているだけだから、いるはずがない。


「くそっ……せめて、城壁が機能してくれれば話は違うのだがな!」


 怒りに任せて、魔獣を突き飛ばすと崩れた民家の廃材に突き刺さる。英雄でも、数の力には勝てないことはある。

 細かくは数えていなくても、感覚的に千はくだらないと読んでいる。


「あ、あの~っ」

「む? すまない、少し待ってくれ」

「はい~」


 魔獣を遠ざけるように、『オーラ』を拳に集中させその密度に怖がって委縮したところに、剣でマナを飛ばし切り刻む。


「ふぅ……さて、何かな?」

「……時間さえもらえるならば~、私の転移で住民を避難させることはできます~」

「何、本当かっ!?」


 その発言は膠着状態の今を打開しうる妙案だった。希望が見えかけるガリアだが、次の一言で死を覚悟することになる。



「ただし……膨大なマナを使用するので、魔獣が押し寄せてしまう上~、すぐそこに住民を集めていて~、一歩間違えれば全滅もあり得るかもしれないのです」



「……わかった。ならば俺が、必ず護ってみせる」


 『黒竜狩り』の奥の手。ここで使わなくていつ使うというのだろう。

 即決するガリアに、魔術師はうれしそうに頷いて目をつぶり瞑想し始める。マナの波動が町全体を覆うと、体の一部に術式が刻まれて、発光し始める。


「これで~、選別は終了です~。時間稼ぎは任せましたよ」

「ああ。任せておけ」


 頼もしく、そして膨大な圧に魔術師は目を見開いて、これならいけると希望が見えてきた。

 前面の信頼を置いて、完全に瞑想に没頭する。

 そして、ティーアとミリアの二人は――

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