第50話 絶望の始まり①

 ――目を覚ます。


 手元にある剣を手繰り寄せながら、夢の内容を思い出そうとする。

 しかし、モヤがかかったようにハッキリとは思い出せなかった。


「……くそ、『獣』のやつめ……」


 俺は夢に出てきた『獣』に悪態をつきながら、周囲を見渡して元居た場所であることを確認する。

 領主の館の一室であり、殿下もここで就寝している……はずなんだが――


「殿下?」


 しかし、そこにカナリア殿下の姿はなかった。

 ベッドを調べても、使われた形跡はなく攫われたにしては部屋にそのような痕跡は見当たらない。


「……っ!」


 俺に治癒魔術をかけていたはずのカナリア殿下が姿を消した。

 あの他人に不安になるほど優しい殿下が、途中でいなくなる……つまり、それだけの事が起きてしまったということに他ならない。


 急いで戦闘の準備を進め、部屋を出た。



***



 部屋の外を出ると、すぐに異変に気付くことができた。

 あの雪山で見たような、泥が辺り一帯に侵食していて、俺は警戒するように一歩後ずさる。

 泥は雪山の時のような激しい動きはないようで……できるだけ触れないように、屋敷の中を進んでいく。


 廊下は無事だが壁や窓、天上などは泥によって侵食されている。


「……カナリア殿下や領主は無事だろうか?」


 もし、この泥に呑み込まれてしまったら――なんて考えてしまうと、背筋が凍ってしまうような感覚が走る。

 カナリア殿下――妹に何かあれば、ミリアになんて顔を合わせればいいのだろう。

 ……陛下にも任されたのに、この失態。

 期待されているというのは、こんなにも辛いことだとは知らなかった。


「――っ!」


 なんて考え事をしていると、泥の中から魔獣が這い出てくる。

 狼の魔獣のようで、群れもせずたった一匹でこちらと相対する。

 しかし、この屋敷の様子と同じ様に魔獣の様子もまた違っていた。

 ……まるで、『獣』のように輪郭がぼやけて影のような姿になっている。


 ぐるる、と唸りこちらに襲いかかってくるので、精霊武装を展開しようとして……今は使えないことを思い出し、『獣』の力を呼び起こし、剣で切り付ける。


「はっ!」


 不思議な見た目に反して、あっさりと首を撥ねることに成功する。

 影の魔獣は、そのまま溶けるように泥に戻り……後片もなく消えてしまった。

 剣は構えたまま、警戒する。


「ふぅ……」


 しばらくして追加の魔獣は現れなかったので、ほっと一息吐く。

 そのまま一歩踏み出すと、泥が急に膨張する。


「なっ――!?」


 驚きつつも、戦闘態勢を取り……意識を切り替える。

 緩めていた意識をきつく締め直し、大きく踏み込む。

 そのまま、一閃。魔獣たちは真っ二つになり、泥となって消えていく……かに思えた。


「まだ、出てくるのか」


 溶けた泥からさらに魔獣が生み出され、俺は影の魔獣を蹴散らしていく。


 その度に魔獣が増えていくが、それでも束になられて倒れてしまうほど、今の俺は弱くない。


「ハァッ!」


 出現する魔獣よりも早く魔獣を倒していく。

 周囲に人の気配はないため放っておいてもいいのだが、しつこく追ってきそうな気がするため、ここで処理しておくほうがいいと判断した。


 ――しかし、十、二十と数を増やして泥の中から影の魔獣が表れる。


「キリがないな!」


 魔獣はどんどんとその数を増していった。

 俺は発動させている『獣ノ血』の力をさらに強化して、殲滅する速度をさらに強めていく。

 

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精霊騎士と剣聖王女の歪な英雄譚 〜無才の青年と異才の王女は恋をする〜 天兎クロス @crossover

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