第8話 王女観察
……彼女、ミリアは何者なのか。
それを端的に表するなら、王女である。彼女は愛されてこの世に産まれてきた。
ただしそれをヴィルが知ることではないし、当然ミリアも伝える気はない。
平民であるがゆえ、騎士を目指すことで手一杯であるヴィルにとって王族なんて雲の上の存在。
だが、貴族にとっては違う。
王族は自分たちが敬うべき相手であり、権力や見栄を重視するがゆえに対等に接することなんてできなかった。
「……これは王女殿下。本日はご機嫌麗しゅうございます」
「ええ。そうね。今日は天気もいいので」
あと数日もすれば戦場へと赴くミリアにとって万全の状態で向かいたい所存ではあるが、父や姉たちの厚意を無下にはしたくない。その一心で子の騎士学院に通っている。
「姫様。こちらで一緒にお茶でもいかがでしょう? 流行りの菓子も用意しているのですが」
「申し訳ありませんが、あまりお腹は空いていないので」
「……これは、大変差し出がましいことを」
「構いません。そちらの厚意はしかと受け止めておきましょう」
ところでこの騎士学院。大半の生徒は貴族の三男か厄介払いされた子息が多く、返り咲こうと武勲を立てるために必死で騎士を目指しているものが多く、そこには家柄に縛られたくない令嬢や成り上がりを目指すものも多い。
そんな中で、同年代にして武勲を上げ騎士団長として『剣聖』として知られるミリアは憧れの的であり、交流を持ちたい相手なのだ。
「はぁ……」
悪意がないと分かっているだけに気後れすることも多く、学ぶことも王宮ですでに履修済みなミリアにとって学院はストレスばかりが募る場所だった。
ただ一つを除いて。
「……ぐっ」
「おらぁ!」
「――ぐはっ」
下級クラスの実技演習を戦場で培った隠密スキルで陰ながら見つめていた。
その姿はまるで、どこぞの
主従は似るのだろう。
「はぁ、はぁ……くそ」
「ふん。今日はこのくらいにしておいてやる。おらっ、とっととどきやがれ!」
「はぐぅあっ……」
はっきり言って不快な光景だ。今すぐにでも飛び出して、助けてあげたかった。
どうして知人が痛めつけられているところを見逃さなければならないのか。
実を言うとヴィルが同じクラスの貴族に実技と称したイジメにあっていることは、ヴィルと花畑に会う前から知っていた。
「……それくらい、有名だもんね。ヴィルの実力と諦めの悪さは」
どれだけ叩きのめされても、痛めつけられ何を言われようと愚直に騎士を目指すことをやめない。
その情熱が気にくわないのか、さらに苛烈なものになっているけど。
「……今、ここで飛び出してヴィルの知人だと広めれば」
いじめは収まり、誰もヴィルのそばに近寄らなくなる。それだけ私の名と権威は大きい。
でも、それは望まないことだしより多くの反感を買う恐れもある。それに――
「どんな顔して、この王女が表に出ればいいの……」
幼いころから大した努力もなしで講師を打ち負かして、負けなしでどんな流派であろうと一目見たらものにして……何より、一度殺しあえば教わってもいない剣術が浮かんでくる。
だからせめて、あの時だけはただのミリアとして個人として接して触れてみたかった。
どれだけ傷ついてきたか分からない彼をじかに見てみたかった。
ひどく我儘で身勝手な考えは自覚していた。
「……それに、最近傷が深くなってる」
原因はもちろんイジメている貴族のストレス。
きっと私が誘いを断ったからで、たぶんかなりのお金と時間を費やしてきたんだろう。
けど、王族が容易に下の者の誘いに乗ってはいけない。それは身を守るのと同時に、生まれの差を示すための王族のルール。
「…………ッ」
――なんて、後ろ暗いことを考えても私はきっと気にもしない。
だって私には、あの夕日と花畑さえあればここに期待なんてしていないから。
***
夕方。
いつもの通り、ヴィルがここにやってくる。
「……や」
「……ああ」
短い言葉のやり取りが私を対等だと見てくれているようで心地いい。私になんてそれくらいでいいという態度が丁度良かった。
英雄だの『剣聖』だの、血にまみれて勝ち取って得た色眼鏡で見られることは仕方なくても、やっぱり辛い。
「ふっ……ふっ……」
「……」
私は夕日を眺めるふりをしつつ、横目にヴィルを見つめる。
やや野暮ったいこの国では珍しい黒髪に、少し汗で張り付いた制服。
何より傷だらけのその体。
「……なんだ」
「えっ? あ、いや……」
今日は珍しく、見ていることがばれてしまった。
とっさの言い訳を考えるが、焦った私は……
「その、『剣聖』さまのことを騎士を目指してるならやっぱり憧れるのかなぁ……って」
「……ああ。あの王女様でありながら騎士団長もしているって人か」
つい、自分のことを尋ねてしまう。さすがに顔は知らなくても、『剣聖』が王女であることは知っていたらしい。
素振りをやめて、少し考え込むとヴィルは悩みながらこう告げた。
「……そうだな。特にこれと言ってないが……」
「ないけど?」
「……俺には、英雄は似合わないことだけは明確だな」
…………私はそのヴィルの言葉で呆けてしまった。
だってそれは、私も同じことでただ力を持っているだけだから。
「やっぱり、羨ましいな」
そう言わずにはいられなかった。
先程よりもうるさい心臓と、私に
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