第18話 ヴィルの強さ・片鱗(6)
手品は簡単だ。邪魔だからと直剣を抜いた後に立てかけた鞘を手元に引き寄せて、剣を手放して鞘で攻撃した。
それだけのことだ。
「ふむ。まあ、確かに一撃か……」
「――はぁー……」
戦いの緊張から解放されて、その場でへたり込む。こんなに注目され、衆人環視の中で気にならないわけがなく疲れが押し寄せてくる。
ついでに頭をフル回転させたせいか、ほんの少し頭痛もするような。
「参考までに、どういった手法なのか聞きたいが……構わないか?」
「はい。……と言っても、大したことではないです。魔術を使って取り寄せたんです」
先日見つけた魔術がさっそく役に立ったようで、ほんの少しだが一歩踏み出せたのだろうか。
「取り寄せた?」
「あ、はい。《
「ふむ……持続し、物体に触れられるという無属性、か」
数ある魔術属性の中でもそこそこ珍しい、“無”の属性。その特徴は目立たない。刃を作って飛ばしたり、盾を生み出して防いだり、マナの物質化という特性を持つが……それは他の属性でもできること。その真価は燃費のよさと持続性だ。
「しかし、《スリリング》という糸を生み出す魔術もあったはずだが」
「……一応使えますけど、それって生成する糸を細かくイメージしないと耐久が貧弱になるんですよ」
「そうか……さて。これで、わかっただろう。俺が、貴様らに何が言いたいのか」
『……』
話し込んでいて気が付かなかったが、あれだけ馬鹿にしていた生徒や教官たちが気まずそうに目を逸らして、そしてありえないとその顔が語っていた。
……まあ、確かにハンデつきで試合という状況を利用した勝ち方だったが、それでもこの中で一番弱いはずの俺が英雄に黒星を勝ち取ったのだから。信じられない。だけどそれを否定するということは、英雄の判断を真っ向から対抗するということ。
「こいつは、諦めない。執念が強い、だから俺に一矢報いた。別にそれが特別だという話ではない。俺だって死に瀕したことなんていくらでもある。だがな、お前らはどうなんだ。特にエリス嬢。俺に立ち向かえたことは評価するが、自分の才能一辺だけで立ち向かい、いい戦いが出来ると思っていた……その驕りとも言えない過信。これが模擬戦でよかったなと、言わざるを得ない」
「っ! お待ちください! そこの……なんも力のない、平民風情が勝てたのだって、これが試合だったからです! 殺し合いになればあんな攻撃――」
「……そうだな。常に実戦を意識するその心構えも評価はしてやる。だが、与えられた条件すら満足に活かせないお前が……言うに事欠いて殺し合い、か」
「あ……あぁ……」
怒気を孕んだ静かな声。きっとエリスの言うことは正しくて、俺もこれが試合だから勝てたという自覚はある。
「……その生まれ持った才能で、俺にぶつかってくるだけ。それも戦い方の一種だが……その頭は飾りなのか? 策も弄さず、負けを前提として自分の力を試したかっただけだろう」
「そっ、それ、は……」
「少年は、嘘が巧い。だが、それだけだ。それだけのことで、どうして勝てた? お前と何が違う」
「……それは、きっと何か汚い手でもっ」
「……そうか。なら、お前はここまでだ。せいぜい、今よりも強くなって、知れ。いかに、自分が才能だけだということを」
そう言うとガリア団長は、俺を抱えて……え?
「では、
「……は?」
「もともと俺はこいつが欲しくて、交渉にきただけなのだ。……まぁ、仮にも生徒の身柄を引き受けるわけだからな。こうして、理由と納得を促すためにこの場が設けられていたわけだ」
いやちょっと待ってほしい。俺が俺の知らないところでやり取りされているって……ほんとに冗談であってほしい。しかし、こうして担がれて今にも移動しそうな勢いで、身動きが取れない。
「ああ。安心しろ。身柄を引き受けると言っても退学になるわけではない。ただ俺の元で修行するという特別授業扱いになるだけだ」
「っ!? それは、本当なのか!?」
ガリア団長は頷き、俺の問いを肯定する。
いきなりのことで誰もが固まって、その中で堂々とその場を後にし俺は、その日から始まる成長の期待と不安で燃えていた。
しかし、理由が分からない。いつの間にかものすごい速度で荷物をまとめさせれ、長い時間世話になった寮と学院から去りながら俺は考える
俺とこの人が出会ったのはほんの二日前だ。そして顔を合わせたのも死にかけて助けられた時だけ。だとしたら、その時か? ……まぁ、分からないことを考えても情報がない今ではわからないことだ。だとしたら、今はこの男から学べるだけ学んで、余さずそのすべてをもらい受けてやる。それでいいだろう。
「……そういえば、流されるまま一緒に出てきたけどどこに向かってるんだ?」
「どこか、か……それはこの先を見ればわかるだろう」
ガリア団長が視線を向けた先には、この国の中枢にして象徴であり威厳の存在。不動にして堅牢。
なによりその地位を最も示す建物。――王城だった。俺は思わず、ガリア団長の様子を窺うが、そこにからかいや嘘の様子はなかった。
――この国で最も高い場所に位置して、その全てを見下ろしその広さと王としての責務の重さが実感できると、現国王は語ったという。
そしてそこへ躊躇いもなく向かっていく。
「ちょっ……まずいですって! ガリア団長!」
「……俺のことは師と呼ぶように」
「……ガリア師! 俺みたいなごく一般人は王城なんて畏れ多い上に、不敬罪で即極刑です!」
「問題ない。何せ俺がいる」
自信満々に答えるガリア師。確かに英雄のお墨付きなら問題はないかもしれない。だが、それでも王城というのは神聖な存在なのだ。そこへ踏み入るには貴き血を引くもの、または騎士爵位を授かり、なおかつ許可されたものだけなのだ。
いくら国の英雄と言えど……
「……強引だったことは認めるが、何も計画なしで行ったわけではない。昨日の内にしっかりと許可は取ってあるさ、少年」
「一日で取れるものでもないでしょう……」
その行動力の源はどこから来ているのかさっぱりだが、そのおかげで鍛えてもらえるのだから飲み込むとしよう。
山を除いて国一番の高所に高く聳える王城までの道のりは、以外にも険しいものではなかった。気になって尋ねてみると、馬車や貴族の移動中で事故が多発するので性急に整えられたそう。しかし坂であることには変わりない。しかし、この坂が以外にも観光名所となり『登城の坂』と呼ばれている。
「さて、もうすぐ王城の門前広場に着くがそこで検閲を受けてもらう。これは義務であり入城する者への命令だ」
「分かってますよ。まあ、特に私物もないので見るものなんてないと思いますけどね」
「……確かに、荷物が少ないな。まあ、騎士学生ならばそんなものか」
と、ガリア師はやけに納得したように頷くのであった。この人も騎士なら騎士学院の出身のはずなので何か思うことがあったのだろう。もしかしたら、意外と似たような境遇だったり……なんてな。そんなまさかを想像しつつ、俺は人で混みあっている広場を突き進む。
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