第13話 ヴィルの強さ・片鱗(1)
魔獣討伐の実習地での氾濫は前触れもなく、突然起こった原因不明の事故として処理されることとなった。騎士が怖気づきただひたすらに怯えて震えていたことなど、一騎当千という新たな偉業を為したガリア騎士団長が民衆から褒めたたえられてすっかり当事者の頭の中からも消え失せていた。
だからか翌日。通常通り学院が始まり俺はそれを後ろから眺めているだけだった。
――どんな無茶したのよ。まったくもう……
アリストには呆れられながら、翌日には歩けるくらいには回復してくれた。まだ軋みはするが日常生活は問題がない。
けれどそれ以外の動きは厳禁。本当ならちゃんとした治療院に一週間は療養するべきだという。当然ながら、俺は拒否していた。
「……この熱を、抱えたままじっとしてなんていられない」
再び魅せられてしまった。騎士への憧れ……もはや、憧れではなく叶える目標だった。何が何でも騎士になる。それは一日経って落ち着いた今でも変わらない。けれどそれは、過去と変わらない。今は、この熱を向ける方向を知らなければならない。この決意を確実なものに、“未来”に向けて道を選ばなければならない。愚直に騎士を目指すだけでは、圧倒的な“力”に負けるだけ。それを俺は学んだ。
“力”がいる。決意を現実にするだけの“力”が俺には必要なんだ。そのためにはまず今までのやり方から変えなければ……
「えー、では、今日も騎士を目指して励むように。ヴィル訓練生はしばらく座学に集中して実技は休むように」
ということらしいので、俺は図書館に通うことにした。まずは知識から身に付けなければいけないと思ったのだが何から調べればいいか分からなかった。そもそも俺が強くなるには何をすればいいんだ?
「……肉体改造?」
はっきり言ってそんなことしか思いつくくらいには俺の可能性というのは皆無なのだ。そもそも現代の技術では不可能だけれども。
「となると魔術関連か」
魔具で調べた俺の評価値、その中で『魔術適正』が高かった。『魔術適正』とは、体内のマナを用いて魔術を使用する上でどれだけ効率よく運用できるか、難度の高い魔術を習得できるかということ。
そして魔術とは、マナを用いて世界の事象を書き換える行為である。マナの大本である『精霊』――世界の管理者と接続することで過程や工程を吹き飛ばして虚空から火を生み出したりする。ちなみにマナによる肉体強化は魔術ではない。
人によって接続できる精霊の種類が違い、基本は火・水・風土の四種類でこの辺りは程度の差はあれど誰でも扱える。
「魔術関連の本棚は、っと」
入口にあった見取り図を確認するが、結構奥の方にあった。少しかび臭い本の匂いに包まれながら進んでいく。
「……ふぅ。もうこんな時間か」
とりあえず今日はこのくらいで、実際に使ってみないと分からないから試してからまたこよう。保有マナが少ない俺でも使えそうな魔術がいくつかあって思ったよりも有意義な時間だった。授業で習うような攻撃魔術は消費が大きくて俺では習得はできなかったから、魔術は諦めてマナ運用に集中しようと思っていた。小技というか、小手先の補助魔術なんだけど……試してみないと効果は詳しく分からない。
「帰るか。ああ、その前にアリストのところへ寄っていかないと」
この後の予定を口に出して忘れないようにしておく。一人でいることが多いせいか独り言も多い俺にとってはこの癖はありがたかった。どこから引っ張り出してきたかも忘れるほど積み重なった本を片付けようと椅子から立ち上がって本を持ち上げる。
「んぐっ……重たい」
一冊一冊が分厚く、おまけに体のあちこちが痛いせいか一気に持ち上げることが出来ず面倒だったが何冊かに分けて運ぶことにする。
「本って重たいんだよなぁ。意外と剣よりも重くなることあるし」
病み上がりの体にはきつい。アリストの言う通り、しばらくは激しく体を動かすことはやめておいたほうが良いかもしれない。
「さて、これで最後と。……あれ?」
少し離れた本棚に俺以外にも人がいて少し驚いた。今は実技の授業のはずだから、てっきり誰もいないのかと思っていた。しかいまあ、学院の生徒ではないだろう。
「ん、ん~!」
上の本を取ろうと必死に背伸びしている、明らかにかわいらしい子供の女の子だったから。輝かしい金色の髪がきれいなその子はお目当ての本の手が届かないようで、若干泣きそうになっていた。
特に急いでいないし、素通りする理由もないので、そちらに向かって歩いていく。
「どうしたんだ。届かないのか?」
「ふぇ? え、だれぇ?」
突然話しかけられて、怯えたように後ずさる。俺はとりあえず目線を合わせるためにしゃがみこんで、これ以上怖がらせないよう近づかないまま話しかける。
「俺はヴィル、ここの生徒だ」
「え、えっとカナリアです」
「そうか。じゃあ、カナリア。もう一度聞くけど、どの本が取りたいんだ? 届かないなら、取ってやろうと思ってるんだが」
「……」
「……」
しばしの沈黙。カナリアはとりあえず危険はないと判断したのか、上の方に指を指して取ってほしい本を告げる。
「……あれ、です」
「分かった。……これか?」
「あ、うん。じゃなくて、はい」
「別に無理して敬語使わなくていいぞ? 貴族でもないし」
「いえ、その、言いつけなので……」
まだ慣れていないのかたどたどしいが、頑張っていることは伝わってくる。
まだ、若干の警戒と怯えが見える目をしているのであまり長々と話すこともないだろう。
「じゃあな。俺はこれで」
「あ、はい。ありがとうございました」
しかし、取ってあげた本が『魔導士カージュの冒険譚』と『魔術理論とマナの運用』で童話と論文という真反対な本なのは謎だったなぁ……
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