第38話 『エレメンタル・アーマー』
「ん……?」
そこで、カタカタと刀身を震わせる神器。
まるで自分の力も使ってと伝えているようで、どこか微笑ましい。
そうだな、もう『獣』の力は試すことが出来た。初戦闘としては上出来なくらいだ。
それに、試すべき力はこれだけじゃない。
「解除……うっ」
鎮めるように、胸に手を当てると徐々に血は沸き立つような衝動に駆られることもなくなり、いつもの状態に戻っていた。
先程まで暴れそうなほどの熱は、すっと消え去り続いてやってくるのはむせかえるような血の臭いだった。
あまりの獣臭さに顔をしかめて、自分が何をしていたのか理解し始める。
「……う、ぉぇ……」
「……なんで? いきなり、消えた……?」
耐え難い苦痛を味わったように、吐き気を催してくる。さっきの状態ならなんともなかったのに、今は魔獣の血は気持ち悪いだけだ。
自分のしたことが信じられない。どうしてあそこまで、獣のように……信じられない。
決して、全身に浴びて満たされるようなことはない。たぶん、内なる『獣』のせいだ。
「……! ふ、ぅ……これを俺が、やったのか」
高揚していたせいか、全く気が付かなかった。魔術も、何も技も……『オーラ』だって使えない。力だけで、ねじ伏せた。たったの二体だけかもしれない。でも俺にとって、誤魔化しようもない大きな進歩だった。
「っと、そんな暇じゃないか」
考え事をやめ、気を取り直して剣を構える。
神器は、単なる強化武器ではない。それならば、『獣ノ血』だけで十分だ。
「……? 何を――」
まず頭に思い浮かべるのは、一つの言葉。あとはそれを唱えるだけで、神器は完全に起動する。そして、やってくる脱力感に備えがら口を開く。
「……――『エレメント・アーマー』」
神器の特性は『獣ノ血』と違って、強化の工程が異なる。受け売りだが簡潔に説明するなら、神器に宿る精霊の力を纏う――「精霊纏い」と表現する。
神器から、水のような揺らめいたものが溢れだし俺を飲み込み始める。
前面が暗くなって、一瞬だけ意識が飛んでしまう。
「……っ、く……」
しかし、全身に襲い掛かる重量によって覚醒する。阻害されることはなくスムーズに動くことができるが……それでも、
「これ、が……」
それは、水色の全身鎧だった。
淡い空と同じ色で、鎧としては珍しい色だが違和感は感じられず、むしろそれ以外だと違和感を覚えてしまうのではないだろうかと錯覚してしまう。
俺は、目の前にある水の鏡に写し出されている自分の姿を眺めながらそう思うのであった。
「……精霊の仕業か」
こんな水で作られた鏡を作った覚えはない。となると、見せたかったのだろう。かなり自分の力を推してきたし。
……カッコイイ。素直にそう思うけど、どこか癪ではある。
「まあ、いい。それより性能の確認だ」
両手に握りしめ、今度はこちらから向かわず魔獣のほうからの攻撃を待つ――いわば受け身の姿勢で構える。
なんとなく、攻撃よりカウンター……そのほうが良い気がする。
「……グルァ!」
「――!」
その沈黙に耐えかねて、一匹の魔獣が飛び出してこちらに攻撃してくる。俺の様子が違うことに気付いているのか、先程の恐怖は感じられず仕留める気満々で牙をむき出しにする。
俺は、剣を突き出すような形でそれを防ぎ、神器に備えられた「能力」を発動させる。
「――【罪人を写す水鏡】」
「キャウン!?」
「……そこっ!」
不自然に血が流れだす魔獣は驚いて硬直してしまう。そこを突いて、俺は横に剣を凪ぐ。
急所に入ったようで一撃で仕留めることができた。動かなくなった魔獣を一瞥し、次に向かってくる魔獣に狙いを定める。
「どうした? かかってこい」
『……』
挑発するように言葉を発するも効果は薄く、俺の剣に警戒を強めていく。埒が明かないが、この「能力」はこちらから仕掛けても意味がない。どころかこちらが傷を負ってしまう。
「……っ!
ティーアから激昂が飛んでくるも、無視する。
こちらからでは、
「~~~っ。もういい、私が――」
こらえきれずティーアが攻撃しようと武器を構えるが、そのせいか慌てた魔獣が動き出す。
「よしっ。こい!」
「グルゥア――!」
突っ込んでくる魔獣に敢えてこちらも突進し、攻撃を受ける。剣で防がず、神器で作れられた鎧を信じて無抵抗に胴体を爪で切り裂かれる。
「おお……!」
「グルゥ……」
ビクともしないその鎧に頼もしさを覚えつつ、「能力」の発動条件を満たす。
「【罪人を写す水鏡】」
「グルウウアア!!」
今度は胴体に傷が刻まれ、魔獣は怒り狂って更に俺を攻撃してくる。
しかし、それは悪手でしかない。なにせ……『霊剣リューズヴィエ』の能力は、『反射』――攻撃を受けた分だけ撥ね返す力なのだから。
「食らえ!」
「グルァ――」
「ちっ……今度は一撃じゃないか……なら、もう一発!」
「グルゥ!」
至近距離では大きな武器は扱いづらい。そのせいか大してダメージにはならなかった。浅くもないが、俺をもう一度攻撃できるくらいには力はあるようだ。
そして……やはり、反撃直後では「能力」は発動しない。牙で噛まれたはずなのに、魔獣は傷を負っていない。
なるほど。随分と使い勝手の悪い能力のようだ。
「……仕切り直して、もう一度あっちから攻撃させれば」
しかしまあ、やりにくい。「能力の制約」のせいでこちらから攻撃を仕掛けることはできない。
攻撃したときに感じた鋭さや剣裁きは確実に上昇している。当然、身体能力もだが……その力はそう易々とは使わせてくれないらしい。
「――ッ!」
「っ……グルゥア!」
大きく踏み込んで、距離を詰め大袈裟に大振りに神器を振る。慌てた魔獣は背後に回避すると、その反動を利用して首元に目掛けて牙を立てる。
「ッ!?」
「ハッ――引っ掛かったな」
あちらからの攻撃……条件は満たした。
「――【罪人を写す水鏡】」
「グルァアアアア――――!」
まさに、断末魔。
命の最期を飾る、獣の叫びは辺り一帯を包みこみ、獣たちを震わせるには十分なほどの雄叫びだった。
――【罪人を写す水鏡】
それは、罪人が自分のしてきた罪を突き付けられ、苦しむように……先制した攻撃を自分自身に撥ね返すという……神器使用者ですら例外ではない、使い勝手の悪い能力だ。
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