第22話 『そこは、かつての過去』


「今日は、外に行くぞ」

「……え?」

「いい加減、自分の力を試したいだろう。……今なら、その『オーラ』の量ならばそこそこ戦えるだろう」

「けれど、あまり実感は」

「仕方あるまい。ほんの少し、体感できるほど増えたわけでも自分で感知できるようになったわけでもないのでな」


 そういうガリア師は俺に革袋を投げ渡して、慌てて落とさないように受け取る。

 ズシリとくるその重さと金属がこすれるその音から鎧の類であることが察せられる。


「これは?」

「うむ。察しの通り鎧、正式な騎士鎧ではないが頑丈さや軽さは似たようなものとなっている」

「どこに向かうのですか? 外というとやはり魔獣の巣とかでしょうか?」

「少年もよく知っている場所だ」


 そう言うだけでガリア師はそれ以上は教えてくれなかった。





 王城から王都へ。更に王都を守護する壁を越えて……馬車に揺らされて、人気のない場所へと進んでいく。

 そこは、確かに俺の知っている場所だった。厳密には違うが、その雰囲気、空気。そして、魔獣が住む場所特有の濃密なマナの気配。

 確かにそこは俺が行ったことのある――


「……魔獣の、森」

「そうだ。正確には『霊峰の森』と呼ばれている、学院の演習で体験した森よりも脅威的な場所だ。霊峰と呼ばれる所以は……まあ、いつか自分で知るほうが良いか」

「ど、どうしてこんな場所に俺を……」

「当然。訓練だ」


 平然と言ってのけるガリア師。言っていることは分かるのに、何を言っているのか理解できない。

 もしかして、俺の実力が分かってしないのか? 俺があの場所よりも危険な場所でまともに渡り合うことなんてできると思っているのだろうか?


「む、無理です」


 その言葉は自然と吐き出されていた。出来るわけがない。敵う訳がない。だから、ゆっくりと着実に強くなろうと決めたのだ。愚かに進むこともせず、賢く強くなろうと道を探す者になると決めた。けれどガリア師は、


「拒否は認めない。これより、指定した魔獣を倒すまでこの森から出ることは許さない」

「ま、待って……待ってください!」

「……――吹き飛べ、地の果てまで。その衝撃は天を揺らす――《インパクト・パルス》」


 その魔術が発動すると、凄まじい衝撃とともに体が浮き上がり森の方へと進み、回転と浮遊感が襲い掛かってくる。


「がぁぁッ――!」


 内臓が揺れ、衝撃で木々が抉り取られ俺とまとめて奥まで吹き飛ばされる。木片が突き刺さり、打撲や打ち身で体が痛むがそれでもまだ衝撃は続き森の奥へと強制的に追いやられていく。

 木々も増え、密度が増していき生物の気配は遠のいていく。

 昼前で日が高いはずなのに薄暗く、じめついた空気が頬を切る。どこかの枝に引っ掛けたのか、切り傷もできて血が滲む。


「ぐはっ」


 巨木にぶつかったところでようやく勢いは収まり、内臓が揺らされることも浮かび上がる感覚もしない。

 痛みで体を抑えつつ、未だにふらつく視界で辺りを見渡すと開けた場所で、森に囲まれていた。そうして、すぐに違和感に気付く。


「ここ、は……」


 昼も夜も分からない静寂で包み込まれ、清涼な空気だというのが逆に不気味で、あれだけ感じていた濃密なマナがここでは薄く拡散されている。

 こんな深い森で木も生えていない場所があるのかと疑ってしまう。世界に満ちて溢れるエネルギーであるはずのマナが何かに怯えるように……いや、従うように上へと逃げていく。


「ああ。そっか」


 上を見上げれば、すぐに理解した。この上には鏡があった。水面のように揺らいで、輪郭がぼやけて不定形となって写す。

 それがマナを吸い上げていた。マナは集い、水面に移る俺の後ろに光の粒子となって現れる。


「■■■■。■■■■■■」

「う、ぐ……」

「■■■■■■■■■■■」


 聞き取れない言語で、頭に響くように直接脳の中に伝わってくる。そんな俺の様子を不思議そうに人型となった――は首をかしげる。

 徐々に、肌色、目の色、輪郭が明らかになっていくのと同時に頭痛が激しくなっていく。警報が耳元で鳴り響いたような、ガンガンと叩かれて耳の奥からキーーンと音がして思わず膝をついてしまう。


「……■■。■■■■■■■■■■?」

「あ、ぐうう……あああ!」


 視界の端から紅い筋が走り、切り傷からとっくに止まっていたはずの血が吹きだして、下を見れば血の池ができて……そこに腰まで沈んでいた。


「う、うわぁっ」



 ――認識した途端、一気に体が深く潜っていき溺れてゆく。

 血で染まる視界が最期に捉えたのは、泣いていた彼女・・の姿だけだった。


 意外にそこは浅いようで、すぐに地に足が付いたが今度は沸騰するように煮えたぎり体は……破、裂……


***


「――うわああああ!!」


 まるで悪夢を見たように俺は目を覚ました。いきなり体を動かしたせいで心臓がバクバクと鼓動して痛いほどに生きていることを伝えてくる。


「はぁっ、はぁっ……」


 何か、怖い夢を見ていたはずなのに何も思い出せなかった。夢ならば仕方ないと思うかもしれないけど、そこで感じた恐怖と夢を見ていたという感覚がはっきりとしている。……おぼろげに思い出せないのではなく、削除された。


「なんなんだよ……」


 どうしても忘れられなくて、薄暗い外の景色をあがめながら日も登り切っていない朝は過ぎていく。


「……」


 何かを求めるように、右手は首へと伸びていき横になぞる。しかしそこには何もなくただ自分の汗ばんだ肌の感触が指先から広がっているだけである。

 時間が過ぎていくうちに、心も恐怖も落ち着いて今は汗で張り付いた寝間着が気持ち悪くて仕方ない。


「……着替えるか」


 すこしでもさっぱりしたら、このモヤも晴れるだろうと新しく服を引っ張り出して即座に着替える。若干、汗でべたつく気もするがその内慣れるだろうと、窓を開けて空気を入れ替える。


「ふぅ……」


 いつの間にか朝日は昇り、眩しい輝きが世界を照らし始めた。その光に目が驚いて手で遮って徐々に慣らしていく。


「よしっ」


 そして俺は、夢見が悪かっただけだということにして、今日の訓練に向けて気合を入れるのだった。

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