2020 『博士の愛した数式』を八場構成で分解してみたよ

 小川洋子氏の『博士の愛した数式』構造分解です。ラリー・ブルックス氏の物語構造を参考にしています。映画の三幕八場構成を応用した、四幕八場(実際には十場くらい)構成になっています。あらすじより以下はネタバレです。

 物語構造については私が適当に分けています。違う箇所があるかもしれませんが、ご了承ください。


あらすじ


 息子のルートと暮らす家政婦の私のもとに、仕事の依頼がやってきた。数論の元大学教授の面倒を見てほしいという、義姉からの依頼だった。博士は交通事故に遭って以降、記憶が80分しかつづかないという障害を持っていた。博士は、覚えておきたいことは紙にメモして服に張りつけておく、風変わりな人物だった。

 常に私を忘れる博士の面倒を見るのは困難だった。が、私は、博士と数学の話をすることで徐々に打ち解けていく。

 子供を大切にする博士は、ルートと数学と野球の話題を通じて親しくなった。私とルートは博士によって数学の深遠で美しい世界に引き込まれていく。

■データ


章立て……11章

シーン……55シーン

文字数……約123600字 (原稿用紙約412枚)

1シーンの文字数……約2247字(原稿用紙約7枚)

■八場構成 概要


1 13500字

博士と私の出会い。博士の境遇。博士と私が友愛数で結ばれている。28という友愛数を見つける。


2 20700字

博士と息子(ルート)の出会い。博士は江夏のファン。28とは完全数のことだと言われる。博士がルートに宿題を出す。


3 16500字

ルートが宿題を解く。江夏の背番号が28、完全数を背負った選手である。ルートが怪我をする。博士が助けてくれるが、私が博士を疑ったことをルートは怒る。


4 15600字

本棚で江夏の野球カードが入ったクッキー缶を見つける。阪神戦を三人で観に行く。ファールボールから博士がルートを守る。


5 12600字

博士が熱を出し、泊まりで看病したのが理由で解雇される。素数を見るたびに博士を思い出す。


6 13200字

ルートと義姉がいさかいを起こす。博士が数式(オイラーの公式)を書いて義姉を止める。図書館でオイラーの公式を調べる。ふたたび博士のもとで働き始め、博士の証明が完成する。


7 18000字

博士の証明問題の懸賞金が届く。今までの最高額。ルートの11歳の誕生日とともにお祝いをすることになる。

江夏の野球カードをあげようと思ってクッキー缶を開ける。クッキー缶の二重底に義姉の写真と、義姉に捧げた若い頃の博士の論文が入っている。


8 13500字

クッキー缶の秘密を守ろうと決意する。江夏の野球カードを入手する。三人でパーティーを開き、博士には江夏の野球カード、ルートにはグローブが渡される。

博士はその夜を最後に施設に入り、博士との交流は博士が亡くなるまでつづく。ルートは数学の教師になる。

■八場構成 詳細


1 起1


「設定」

設定とは作品の舞台や人物紹介、今後の葛藤や対立などの伏線のことです。


私の息子をルートと呼ぶ説明

家政婦として博士を世話することになるいきさつ

博士の境遇。六十四歳の数論専門の元大学教授。交通事故に巻き込まれてから記憶障害を持つようになる


「フック」

フックとは読者を作品へ引き込む「つかみ」のことです。

数学者としての博士の魅力を引き出したこのシーンだと思います。


私の誕生日のことを聞かれる。二月二十日

博士が数学の賞を獲ったときにもらった時計に記された数が、284

220と284は友愛数

君の誕生日と、僕の時計が見事なチェーンで繋がっている


私はみずから友愛数を見つけようとする

28の約数を足すと、28になった


2 起2


「インサイティング・インシデント」

話の流れを変えるドラマティックな出来事で、話が転がっていく起点です。

話はここからプロットポイント1につながっていきます。


博士と息子が出会う。博士は息子をルートに似ているといい、抱擁する

ルートと私の境遇

博士は数学雑誌の証明で懸賞金を稼いでいる

28の話を博士にする。28とは完全数だと答えられる


「プロットポイント1」

主人公の状態や計画、信念に影響を与えるものが現れる瞬間です。

これ以降主人公の体験の方向性が決まります。


博士がルートに宿題を出す。1から10までの数字を足す

どんなに数字が大きくなってもいいような、簡単な方法を探そう


ルートは江夏のファンだという博士に、江夏はもう引退していると言う

博士が動かなくなる。ルートは、自分がいかに博士にひどいことを言ったかを悟る


3 承1

ルートの数学の話 1から10までの数字で、10だけがのけ者なんだね

10さえいなかったら、真ん中の位置がぴたっと決まって気持ちいいのに


博士は野球の試合を一度も見たことがない

江夏はどう? と博士に聞かれて、ルートが話を合わせる

江夏の背番号は28 江夏は完全数を背負った選手だった


ルートが宿題の証明をする

1から9までを足して、9で割れば5になるので、45、これが1から9までの和になる

これに10を足す

不意に博士が立ち上がり、拍手をする

なんて美しい式なんだ。すばらしいよ、ルート


この世で博士がもっとも愛したのは素数だった

素数の魅力は、それがどういう秩序で出現するか説明できないところにある


「ピンチポイント1」

敵対勢力が現れたり、敵の本質を認識したりする瞬間です。


ルートがおやつにりんごを剥こうとして、手を切った

ルートを博士が背負って病院へ行く

私は買い物に出ていた ルートと博士をふたりにすることに不安があった


三人で外食して帰る

ルートはママが博士を信用してくれなかったと怒る


4 承2

ママが間違っていた、ごめんなさいとルートに謝る


書斎の本棚でクッキーの缶を見つける

野球カード 江夏豊だけが特別な場所を占めていた

ノートの殴り書き

「14:00図書館前、Nと」


「ミッドポイント」

ストーリーのちょうど真ん中に置かれる新情報、新展開です。

これによって主人公の体験することや認識が変わります。


阪神戦のチケットを買う

博士はプロ野球の試合が希望すれば誰でもお金を出して観戦できるのだということを知らなかった

江夏は? おととい先発したから、今日はベンチ入りしてない

ファールボールが飛んできて、博士がルートをかばう


5 転1

博士が三日間熱を出す

ルートとふたりで泊まりで看病する


「ピンチポイント2」

主人公が敵対勢力と対峙します。読者はヒーローの苦悩を感じ、希望を持とうとします。


義姉から博士の家に泊まったとクレームが来る

先生宅の家政婦を解雇される

どうして博士のところへ行かないの? 込み入った事情があるから


素数を見るたびに博士を思い出す


6 転2

ルートが博士の家で厄介ごとを起こしたという

なぜ辞めた家政婦の息子が博士のもとへ来るのか お金ですか?

友達だからです

いかん 子供をいじめてはいかん

博士が数式のメモを置いて去っていく


博士の家で仕事をするよう組合から連絡が入る


博士の数式の意味を知るために図書館へ行く

博士の数式 オイラーの公式

πとiを掛け合わせた数でeを累乗し、1を足すと0になる


「プロットポイント2」

ストーリーのなかで新しい情報が提示される最後の箇所です。

主人公は必要な情報をすべて入手して、結末へ向かいます。


図書館に行く 交通事故の新聞記事を調べる

助手席に乗っていた義姉が足を骨折していた


義姉とのいさかいのなかで、博士は自分にできる唯一の方法でルートを救い出した

ルートを素数のように大切に扱った


博士は数学雑誌の懸賞問題に取り組んでいた

夕食の支度をしていると、博士が現れる

君が料理を作っている姿が好きなんだ

数学の証明を成し遂げたような誇らしい気分になる


証明が完成する


7 結1

タイガース手帳をルートがつくる


証明問題の懸賞金が届く。いままでの最高金額

博士は自分のなしたことを過小評価している


お祝いをしましょう ルートの誕生日祝いとともに

11歳 素数の中で殊更に美しい素数だ

子供には祝福が必要だ いくら祝ってやってもやりすぎということがない


「クライマックス1」

敵との戦い、葛藤の解決など、主人公が実際に戦って勝ち取るシーンです。

今回はクライマックスを二回に分けてみました。


博士の誕生日に、江夏の野球カードをプレゼントすることに決めた

ルートとクッキー缶を覗き見る

缶の底が二重になっていることに気づく

数学の論文が現れる 博士が二十九歳のときに書いたもの

ページの間から写真が滑り落ちてくる 博士と女性が映っている 義姉の若いころの写真

「~永遠に愛するNへ捧ぐ あなたが忘れてはならない者より~」


8 結2

クッキー缶事件は博士にはばれなかった あの筆跡は博士のもの

保ち続けてきた秘密を汚してはならない クッキー缶は秘密が眠る棺になった


家政婦仲間の知り合いに、お菓子のおまけだった野球カードを持っている人がいた

江夏のグローブカードを見つける


「クライマックス2」

主人公が勝ち取ったり成長したりするシーンです。

今回は博士と私とルートが三人で過ごす最後の夜をクライマックスにしてみました。


すばらしい夜だった 博士とすごした最後の夜となった

ケーキのろうそくが手違いで入っていない ルートが取りに行く

私が迎えに行く

博士がお祝いのケーキを落としてしまっていた

ケーキを救出

犯したミスの小ささと、博士の背負っている罪の重さがいかに不釣合いであるか話して聞かせる


博士がルートにグローブを送る 義姉が買ってきてくれた

博士に江夏の野球カードを送る


博士が専門の医療機関へ入る パーティーの翌々日

義弟は、あなたを覚えることは一生できないが、私のことは一生忘れないと義姉に言われる


「エンディング」

物語の最後のシーンです。戦いを終えて新たなシーンへ向かう主人公や、登場人物のその後が描かれます。


一ヶ月か二ヶ月に一度、博士に会いにいく

博士が死ぬまで何年もつづく

メモのかわりに、江夏の野球カードを身につける

ルートと博士はキャッチボールをする

ルートが22歳になったとき、博士の最後の訪問

ルートは中学の数学教師になる



 ここまででも十分長いと思いますが、続きがあります。

 お付き合いいただいて、ありがとうございます。

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