2020 『博士の愛した数式』の構成要素について

 『博士の愛した数式』の構成分解 2回目です。

 一回目の「『博士の愛した数式』を八場構成で分解してみたよ」は→こちら。

「博士の愛した数式 800字要約」は→こちら。

 お話のあらすじは以前の雑文をご覧ください。いずれもネタバレです。


■完全数 28


 このお話では数学(数字)が主な要素となりますが、いちばん重要なのがこの「完全数」28です。


□シーン5 博士のもとへ行く

「友愛数」という概念が出てきます。「220の約数の和は284、284の約数の和は220」という、不思議な繋がりを持ったふたつの数字のことです。


□シーン6 友愛数

私は友愛数を見つけようと思い立ちます。そして「28の約数を足すと、28になった」ことを見つけます。


□シーン11 三人の生活

博士は「江夏豊のファンだ」と言います。お話で重要な役割を果たす江夏の初めての登場であり、伏線でもあります。

□シーン12 散髪

私は博士に28の話をします。博士は28が完全数であることを説明します。


□シーン13 博士の宿題

博士はルートに数学の宿題を出します。ルートのラジオの修理と引き換えなのですが、ルートは「江夏はもう引退している」と博士に言います。 

博士は1975年で時が止まっているので、ルートの言葉が理解できません。動かなくなった博士に、ルートは自分がいかに残酷なことを言ったかを思い知り、私に「明日になれば江夏は、博士のなかでタイガースのエースに戻るから」と慰められます。


□シーン15 ラジオが戻ってくる

「江夏はどう?」と聞いた博士に、ルートは「ローテーションからいくと、もう少し先だね」と優しい嘘をつきます。

江夏の背番号が28番であることに、私は気づきます。「江夏は完全数を背負った選手だった」と。

ここで初めて江夏と完全数28が繋がります。


□シーン23 クッキーの缶

私は書斎でクッキー缶を見つけます。なかには野球カードが入っており、江夏が特別な地位を占めています。


□シーン24 阪神戦

私は阪神戦のチケットを買います。ルートと、一度も野球観戦に行ったことがない博士との三人分です。


□シーン25 試合当日

阪神戦で博士は「江夏は?」と聞きます。「おととい先発したから、今日はベンチ入りしてない」。博士はファールボールからルートを守りますが、翌日熱を出して寝込み、私とルートを忘れてしまいます。


□シーン45 懸賞金が届く

紆余曲折の末、博士は懸賞論文で賞を獲り、過去最高の賞金を手にします。ルートの一一歳の誕生日といっしょに論文のお祝いをすることになります。


□シーン46 クッキー缶の秘密

私とルートは博士に江夏の野球カードを贈ろうという話をします。クッキー缶の野球カードを確かめようとしたところ、ルートがクッキー缶を落としてしまいます。そして、博士が若いころにクッキー缶に隠した秘密が露呈します。博士の義姉に対する秘めた思いです。

この秘密は後述しますが、「28―江夏豊―完全数―野球カード―博士の秘めた恋」とドミノ倒しのように続く、見事な展開です。


□シーン47 江夏の野球カード

江夏の野球カードが入手困難であることを知らされます。


□シーン48 棺

クッキー缶の秘密は誰にも言わずに隠しておこうという話になります。そして江夏の野球カードを家政婦仲間から入手します。


□シーン53 博士のプレゼント

博士とのパーティーで、ふたりは博士へ江夏の野球カードを渡します。ルートへの博士のプレゼントはグローブでした。博士が義姉に買ってきてもらったものです。


□シーン54 博士との別れ

博士は施設へ入ります。ふたりを記憶するために、博士は江夏の野球カードを身につけます。施設を訪れたルートとキャッチボールもします。博士は穏やかに余生を送り、施設で亡くなります。最後のシーンで博士はルートが中学の数学の先生になったことを知らされます。その胸にある江夏の野球カードの背番号で、お話は締めくくられます。


■義姉


 お話にはあまり出てきませんが、重要なポストを占めるのが博士の義姉(博士の兄の未亡人)です。


□シーン2 私の境遇

私は義姉と出会います。義姉は、私が家政婦として世話をしてほしいのは義弟であること、義弟は記憶が不自由で80分しか記憶が続かないことを告げます。


□シーン4 博士のこと

博士の紹介のときに、母屋にいる義姉についての記述があります。義姉は、博士が交通事故に遭い記憶障害になってから面倒を見ているのですが、杖をついており、足が悪いせいか母屋にいます。家政婦組合に頼むほどの余裕があり、博士とはすこし距離を置きたいようです。


□シーン23 クッキーの缶

博士のノートの殴り書きがあります。それは「14:00図書館前、Nと」という文言で、伏線になっています。


□シーン31 組合

私は熱を出した博士を泊まり込みで看病するのですが、それがルール違反だと義姉は言います。クレームのせいで、私は博士の家から解雇されます。


□シーン35 博士の家へ

ルートが義姉と言い争いをします。義姉は、なぜ辞めた家政婦の息子が家に来るのか、お金が目的かと私に聞き、私は友達だからですと答えます。博士は子供をいじめてはいかんと言い、数式のメモを残して去っていきます。


□シーン36 カムバック

博士の家で仕事をするよう組合から連絡が入ります。私は、義姉が私に嫉妬しているのではないかと思います。そして、博士の数式の意味を知るために図書館へ向かいます。


□シーン37 次の日

ふたたび図書館のシーンです。博士の交通事故の記事で、私は同乗していた義姉が足を骨折したことを知ります。義姉が杖をついているという伏線がここで回収されます。


□シーン38 博士のルート

博士がルートを彼にできる唯一の方法で義姉から救い出したことが語られます。義姉は博士の数式の意味を理解しており、それによって私をふたたび家政婦に戻したことが暗示されます。後で数式の意味に触れます。


□シーン46 クッキー缶の秘密

博士のクッキー缶の秘密が語られます。クッキー缶の二重底の下に博士と義姉の若いころの写真と、博士の手書きの言葉が綴られた論文がしまわれています。論文には、「~永遠に愛するNへ捧ぐ あなたが忘れてはならない者より~」と書かれています。Nはシーン23で書かれた殴り書きと同じ人物であり、それが義姉であることが推測できます。


□シーン53 博士のプレゼント

義姉は博士に頼まれてルートのプレゼントであるグローブを買ってきます。義姉の見方の変化を感じさせるシーンです。


□シーン54 博士との別れ

義姉は博士を施設に入れます。そして私に、「義弟は、あなたを覚えることは一生できないが、私のことは一生忘れない」と言います。が、博士と私たちの交流は容認しているようです。


 お話には義姉の距離感の不思議さが通奏低音として流れています。

 義弟を家政婦に面倒を見させて自分は母屋にいる、しかし私が博士と親しくなると、私を牽制したり排除したりしようとする、不思議な関係です。

 義姉は義弟の秘めた思いに気づいていたのか、そして義姉が本当は義弟である博士をどう思っていたのか、直接語られるシーンはありません。

 が、義姉も義弟に何かしらの思いを抱いていたのではないか、あるいは、以前の義弟の思いに気づいていて、距離を取っていたのではないかと考えさせられます。


 次回はお話の核心である数式の意味について考えます。

 お付き合いいただいて、ありがとうございます。

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