2020 17年後に提言騒動を振り返る

 事実とは象のようなものだ。ある人は象の鼻を見ていて、ある人は象の尻尾を見ている。

 正確に象を知るには、象の構造を多くの視点で見る必要がある。が、各人のバイアスがかかった象の姿もまた象であることに変わりはない。

 この雑文も、私の目から見た提言騒動というバイアスがかかった文章である。しかも事件から十七年後、ほとんど事件の細部を忘れた時点で書かれている。

 提言騒動という事件がどういうものであったか、ネット上に残しておく必要を感じてこんな文章を書いた。


 提言騒動とは、二〇〇三年の一月に「オリジナルジュネ小説サイト間における作品内容の重複、その対処について考える集い」という団体が発足してから三ヶ月に亘ってBL界(当時はオリJUNE界)に起こった騒動のことである。

 今後この団体のことを「集い」と呼ぶ。


 集いは「ネットに挙げた小説が他の小説と似ていると第三者に複数指摘された場合、後発の作者は先発の作者の意向を尊重しましょう」と謳っていた。

 そして、集いが発足するきっかけになったAとB~Eサイトの小説の「類似」問題の経緯、その解決法としての提言、Aに対して集いが送ったメール、提言の賛同者に対するバナーやメールアドレスを公開していた。


 が、集いの文言にA~Eサイトの作品の検証はなく、私は、発端であるAとBの争いを見かねた人々が、内輪のお約束を提言というマナーとして広めようとしているのではないかと思った。


 提言とは以下の文章を指す。提言騒動 「先発優先」集い跡地より引用


オリジナルジュネ小説サイトの作品同士について、その内容が多くの第三者の指摘を受けるほど重複した場合、作品を後からサイトに掲載した方(以下後発)が、先に公開されている作品(以下先発)の作者に敬意を表し、その意向に従って問題解決にあたる。


 発端となった小説は、平安時代の貴族を描いたAとBのBL小説だった。

 が、それは文章そのもののパクりではなく、小説の設定がいくつか重複しているというものだった。

 平安時代の同じ資料を使えば、確かに作品は似てしまう。が、丸パクりではないので、剽窃かどうかはあくまでもグレー。そういう微妙な設定被りの問題が、提言を作る元となった。


 Bはそれを剽窃問題として自サイトの日記へ書き、Aは設定が被ったのは偶然だとして、被った設定だけを変えて作品を挙げ続けた。

 Bが相互サイトの創作仲間に不満を訴え、それを見かねた創作仲間が提言を作ったという、そんな経緯だった。


 Bは(自己申告だが)病気で療養中だった。創作仲間には、そんなBに多大な心労をかけるのは忍びないという思いもあったことだろう。


 AとC~Eの小説の被りは、それに比べたら些細なものだった。「卒業シーズン・桜の下でのキスシーン」という定番シーンが問題とされた小説もあった。

 が、集いがその程度の被りで提言が発動されるという先例を作ったことは、後に大きな悪影響を与えた。


 Bの本音は「Aの作品をネットから下ろしてほしい」だった。

 ゆえに、提言は「後発は先発の意向を尊重する」から「後発は作品をネット上から下ろす」に変節した。

 そして変節した提言を使って言いがかりをつける人々が急増した。BLや同人界隈から飛び出して、一般のサイトでも言いがかりをつけられるという事例が発生した。


 被害報告が積み上げられていくうちに、「提言の内容を誤解された」として集いは閉鎖した。

 私はそれは誤解ではないと思う。

 提言の隠された本音が正確に伝わって、ある者はそれを利用し、ある者は恐怖した。


 提言騒動はBL界(オリJUNE界)だけではなく、一般のサイトにまで広がる騒動になった。

 それを見かねた反提言サイトの面々がこの事態を収束する具体案を提示した。手打ち案だ。 が、手打ち案が提言の如く「不透明に」「集団で」出されたことに、匿名掲示板の人々は反発する。

 そして手打ち案のメンバーが重複していたことがさらに手打ち案への不信を募らせる結果になった。


 一方、ある程度手打ち案に書かれた提案に着手しようとしていた集いメンバーは、手打ち案を白紙撤回して、自分たちの手で提言の被害者対策やAの名誉回復を行うと宣言する。

 これが二〇〇三年の一月から三月にあった提言騒動の顛末だった。


 提言が出される前後に匿名掲示板でAに対する誹謗中傷が行われた。それは提言の「尊重」とはずいぶんかけ離れた状態だった。その誹謗中傷が後に匿名掲示板などに晒され、一部の提言メンバーの関与が明るみに出た。


 集いメンバーのすべてがその「地下活動」に関わっていたわけではなかったが、残った集いメンバーは提言跡地で被害者対策や経緯の検証を行った。

 体調不良を理由にいなくなった人もいたし、プロになるために離脱した人もいた(その人はほかの作品をパクってBL界から消えた)。


 集いメンバーのすべてがAとBの事情を知っていたわけではない。真面目に作品の重複問題を憂いて提言へ賛同した人々もいる。

 これは私が内輪で聞いた話かもしれないが、匿名掲示板での暗躍が明るみに出たとき、集いメンバーのひとりがその悪意に当てられて嘔吐したという。


 私は、自分が病気であったとはいえども、B本人が作品の検証をし、Aに「作品を下ろせ」と公開で迫るべきだったと思う。

 匿名掲示板や創作仲間のメールなどにAの悪口を書き連ねるのではなく。

 自分の発言に責任を取らない態度が、提言という偽りの「融和策」を作り上げた。そして、自分の発言に責任を取らない人々が、提言を盾に「お前が後発だから作品をサイト上から下ろせ」と迫った。

 私は集いのメンバーにこれ以上鞭打つような言葉を書くつもりはない。もう十分すぎるほど自分の行いの罰は受けたと思う。自サイトの活動ができなくなって、気の毒だと思う人もいる。が、途中で逃げたBにだけは、いまだに強い不信感を持っている。

 Bには、自分の行動が他人にどれだけ深刻な影響を与えたか、すこしでもいいから実感していただきたい。


 この騒動は、匿名と記名での人々の行動を考えさせられる契機になった。

 匿名掲示板には、完璧な正義でなければ許さないような、極端な空気があった。匿名掲示板や集いの掲示板が荒れるなかで、多くのオリJUNEサイトが沈黙を守った。私もネットのウォッチャーに自サイトを晒す勇気がなかったため、自サイトでは知人の反提言サイトにリンクを張っただけだった。

 匿名であれば、過激な発言や他人への中傷をしていいわけではない。匿名でも、自分の発言に責任を持たなければならない。

 そのことが集いや匿名掲示板を見てきた教訓になった。


 私が多少提言騒動に関わったことは、前作の『桜の上で会いましょう』に書いたので、興味がある方はご一読ください。

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