2019 BL 小説の構造を分析してみたよ

 今回取り上げる小説は木原音瀬先生の『眠る兎』です。

 『眠る兎』は木原先生のデビュー作で、読み切りの作品です。原稿用紙245枚、文字数約73500字。シーンは32シーン、1シーンごとの文字数は約2300字です。


 ゲイ雑誌の文通欄へ冗談で出した手紙に返信が届き、高校生の浩一はその相手と会うことになる。相手は同じ高校の教師の高橋だったが、保身のために嘘の経歴を言い合う。馬鹿馬鹿しくなった浩一は男と別れようとしたが、高橋に必死で引き止められて男と付き合うようになる。


 そのようなお話です。


単純に起承転結で割ると、


起 1~20 18000字

承 21~40 18000字

転 41~60 18000字

結 61~79 19000字


計約73000字 にきれいに分かれます。実際は73500 字です。


10 男からラブレターが届く

20 高橋とファーストコンタクト

30 デートで海へ行く

40 自然消滅できずに高橋と会う

50 高橋と付き合う(H シーン1度目)

60 高校生だとバレる 高橋が逃亡する

70 高橋に拒絶される

79 音楽準備室で話し合い(H シーン2度目)


これが話の要約です。


■話の要素 嘘と本音


 このお話は嘘が非常に重要な要素になっています。

 最初につく嘘は自分の保身のための嘘でしたが、思いが深まるにつれて、相手を思いやっての嘘に変化していきます。


□シーン1(セル1)手紙

 高橋から来た手紙の発端が、みのりが書いて浩一の名前で出した冗談の手紙でした。

 「優しいお兄さん希望」と嘘を書き連ねてあります。


□シーン5(セル11)ファーストコンタクト

 高橋と会った最初の席で、ふたりは嘘の経歴を言い合います。


□シーン5(セル12)ファーストコンタクト

 それが最初から嘘だとわかっている浩一は、途中で「つまんね」と呟いて、「俺と話していてつまんなくないですか」と聞きます。

 これは互いに保身の嘘です。


□シーン8(セル20)電話

 電話で高橋にもう一度会いたいと言われ、浩一は今ちょっと急いでいるので、と嘘をつきます。これも保身の嘘です。


□シーン9(セル22)日曜日

 浩一は、高橋に「あなたに嘘をついていました」と謝ります。俺は本当は大学生ではない、気に入られそうなことを書いただけだと。

 高橋は「気にしない、あなたが正直な人でかえって安心した」と言います。「正直な人」と言われた浩一は、「あなたと別れたい」という本音を切り出せなくなってしまいます。浩一の優柔不断で優しい一面です。


□シーン13(セル31)自然消滅

 浩一は日曜日の高橋の約束をすっぽかします。

 その前に高橋に絆されてキスをしかけたことがありました。この嘘は、男と付き合うのはおかしいと親友の柿本に言われたがゆえの保身です。


□シーン14(セル33)高橋へ電話

 浩一が高橋に電話をかけ、「約束を破ってごめん、怒ってる?」と聞くと、高橋は「怒っていませんよ」と答えます。

 これは実際には怒っているという高橋のメッセージで、高橋は「過剰な期待をしたくないから、これで終わりにしてくれ」と言います。高橋の臆病で慎重な性質が出ています。


□シーン17(セル40)対決のあと

 付き合い始めたふたりですが、浩一は高橋に「部屋を見せてよ」と言います。渋る高橋に「今日見せてくれなかったらもう二度と会わない」と言います。これは浩一のわがままを通すための嘘ですが、以前の保身のための嘘からは変化しています。


□シーン18(セル42)高橋の部屋

 キスをしようとする浩一に、高橋が「君とはできない」と言います。

 高橋は「名前も、サラリーマンだといったのも嘘です」と言い、自分は臆病で、誰かと付き合って終わりがくるのが怖いと言います。

 そして「君が五歳も年下だったから、手の内を見せて恋愛をするのが怖かった」と言います。

「これ以上浩一と深い関係になったら自分がどうなるかわからない」と。


□シーン18(セル43)高橋の部屋

「呆れたでしょう、でも嫌わないでください」。

 高橋が浩一と本気で付き合いたいと思い始めたころの本音です。


□シーン20(セル47)同姓同名

 浩一は自分が高校生だと高橋に何度も言おうとしますが、歳の差を気にする高橋に言い出すことができません。卒業してから言おうと思います。

 最初の利己的な嘘ではなく、高橋のことを思っての嘘に変化しています。


□シーン22(セル53)高校生だとばれる

 高橋が浩一と学校で対峙します。浩一も嘘をついていたことがようやくわかった、大事なシーンです。

 浩一は話そうとしたけれど、タイミングが掴めなくてと言い訳します。これは本音です。

 これを期に高橋は浩一を避けるようになります。高橋の神経質さがわかるシーンです。


□シーン27(セル62)進路指導室

 進路指導室での話し合い。高橋は、知っていたら君とは付き合わなかったと言い、浩一は俺は全部知ってたと言います。これは互いの本音です。

 別れてほしいと言われた浩一は、別れてもいいよ、ここであんたが傷つきそうなことをいっぱい言ってやる、と言う。そうしたら臆病なあんたは落ち込んで二度と恋ができなくなる。俺みたいにあんたを好きになる男はいない、と。

 高橋は、僕は君に一生負い目を感じないといけないのか、気まぐれな相手を待つのがどれだけ不安だったかわからないだろうと言います。

 緊迫した本音の応酬のシーンです。


□シーン27(セル63)進路指導室

 話を中断され、追いすがる浩一を振り払った高橋が倒れます。

 高橋は「僕のことは忘れてください。お願いします」と言います。これは嘘とも本音ともつかない、アンビバレントな感情です。


□シーン28(セル67)階段

 学校の階段で浩一は高橋とすれ違います。高橋がチョークケースを落とし、浩一がチョークを拾い集めます。

 浩一は「怪我をした?」と聞きます。高橋は「階段でつまずいた」と答えます。

 その怪我は浩一と揉み合ったときのものなので、これは高橋が浩一を思っての嘘と言えます。

 「もう僕に優しくしないでください」という高橋に、「優しくしてない」と浩一は言います。高橋は浩一に思いを残しており、自分に嘘をついている状態なので、浩一に優しくされると辛いのです。

 「してます。今だって拾ってくれた」という高橋に、「誰だって拾うだろ 自惚れるな」と言って、浩一はチョークケースを階段の下に叩きつけます。

 浩一が「優しくしてない」という言葉の背後には、本当は高橋に優しくしたいという思いと、自分を拒絶する高橋に特別なことはしていないという思いがあります。

 チョークケースを叩きつける浩一と、優しくされるのが辛い高橋の根底には、お互いを想う気持ちがあります。

 本当は優しくしたい浩一と、優しくされたい高橋の真意が裏返ったシーンです。


□シーン29(セル68)音楽室

 柿本に音楽準備室へ呼び出された浩一は、部屋へ閉じ込められます。なかには高橋がいます。

 浩一は、高橋と話をつけろと柿本に強要されます。

 今まで正直で誠実な柿本が初めて嘘をついたシーンです。これは浩一を思いやっての嘘ですね。


□シーン29(セル70)音楽室

 浩一は、「柿本は恋人なんだよ。嫉妬深くて、ちゃんとケリをつけてほしいと言ってここに閉じ込めたんだ」と嘘をつきます。

 これは、浩一が自分の真意をわかってくれない高橋を責めているシーンです。好意が高橋の拒絶によって裏返った瞬間で、好きなのに泣かせたいという、アンビバレントな感情が生まれています。


□シーン29(セル71)音楽室

 高橋は、「風邪を引いて、頭が痛いので黙っていてください」と言います。部屋が暑いのに高橋は震えています。

 浩一は高橋に上着を貸そうとして拒絶されます。「俺、すっごく暑いから」と高橋を気遣う嘘をついて。

 高橋は「優しくしないでほしい」と上着を拒絶し、泣き始めます。どうして泣くのか聞かれて、「目にゴミが入ったんです」と嘘をつく。

 高橋は新しい恋人の存在と、上着を貸そうとする浩一の優しさのあいだで混乱しています。


□シーン29(セル72)音楽室

 高橋は「あんなに僕のことが好きだと言ってたのに、柔軟なんですね」と浩一に皮肉を言います。浩一は「俺が他の奴を好きになっても怒る権利なんてない。俺のことをいらないと言った奴に何を期待しろっていうんだよ」と言います。本音の応酬です。


 「言いたいことがあればはっきり言え。俺を好きなことは知ってるよ」と浩一は高橋に迫ります。高橋は控えめな性格なので、追い詰められてからようやく本音を言います。

 「……あんな子供に、君を渡したくない」。

 自分にも嘘をつき続けていた高橋の本心です。


□シーン30(セル73)Hシーン

 ふたりは音楽準備室で抱き合います。

 その後、浩一は高橋が右手にサポーターをしていることに気づきます。浩一が聞くと、「君のせいです」と答えます。進路指導室で揉み合ったとき、骨折した、と。

 「階段で転んだって言ってたじゃないか」という浩一に「嘘ですよ。本当は階段で転んだんです」と高橋が答えます。

 「どっちが嘘なんだよ」と浩一は聞きます。当然ですが階段のほうです。高橋は浩一を思いやって嘘をついたのに、本音を言ってしまったのですね。

 「俺のせいで怪我したって、責任を取れって言えばいいのに」と言う浩一に、「嘘をつくことになるでしょう」と高橋が答えます。高橋は自分が暴れたから骨折したので、浩一のせいにするのは嘘になると思っています。

 「嘘でもいい、嘘だとわかっても怒らないよ」と浩一は言います。浩一は、自分のせいだというのが嘘でもいいから、高橋の怪我の責任を取りたいし、高橋と関わっていたいのです。


 最初は自分のためについていた嘘が、だんだん相手のためにつく嘘になっています。そして相手の嘘を許せる存在になっている。お互いの思いの深さがわかるシーンです。


□シーン30(セル75)Hシーン

 柿本が鍵を開けに来ます。

 浩一は高橋から離れようとしますが、高橋が浩一の腕を振り払い、浩一の首筋へすがりつきます。追い詰められたゆえの高橋の本気の行動です。


□シーン30(セル76)Hシーン

 「あの人と別れてください」と高橋が震えながら言います。「見せつけるようなことをして、自分があさましいと思っても、それでも君を誰にも渡したくありません」と。

 別れてくれと言ってからも後悔していたと高橋は言います。何をしていても君が頭のなかにいる、助けてください、と。

 臆病な高橋の必死の告白です。浩一はそれをもっと聞きたくてわざと黙っています。


□シーン32(セル78)仲直り

 浩一の頬に赤いあざができています。新しい恋人の話が嘘だと告白して、高橋に殴られたのです。


□シーン32(セル79)仲直り

 担任の先生に、浩一の成績が悪かったと暴露されます。

 勉強が苦手なんですか? と聞く高橋へ、「たまたまだよ、いろいろあって手につかなかった」と浩一が答えます。高橋は、浩一も自分と同じように悩んでいたことに気づきます。

 高橋は自分の新しい電話番号を浩一へ渡して、「いっしょに勉強しましょう」と言います。浩一は今日高橋の部屋に行ってもぜったいに勉強なんかしないぞと心に誓います。



 非常に感情表現が細やかな作品なので、ぜひ小説を手に取ってみてください。

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