2020 フラジャイル

 家の猫の下半身が好きだ。サバンナのチーターとは比べものにならない、もっさりしたお尻と後ろ脚のラインが好きだ。

 それは生きるために機能的な筋肉を必要としないことから来ている。野良猫だったらきっと、こんなに下半身がもっさりとはしていないだろう。家猫は家でご飯をもらっているのだから、それなりに筋肉がついていればいいのだ。家の猫のフォルムはいわば文明が築いたもっさり感である。


 野生動物は美しい。太った個体や過剰に小さい・大きい個体は真っ先に淘汰される。野生動物は生き残るために機能的な筋肉を必要とする。機能的な筋肉は美しさに繋がっている。

 野性の猿の母親は、危険が迫ったときに大きいほうの子供を真っ先に助けるそうだ。小さくてか弱い個体ではなく、生き残る可能性が高い大きな個体を助ける。それが野性の母親の知恵である。


 人間の母親が小さくか弱い個体を真っ先に助けるようになったのは、文明が弱いものでも生きていけるように形成されたからである。

 文明の発達のおかげで、私たちは強くても弱くても太っていても痩せていても生きていけるようになった。もちろん社会によって格差はある。厳しい社会では、弱いこと、過剰であることは死に繋がる。弱いものが強いものと同じように生きていけるのは、社会が弱いものを守るように発達したからだ。

 家の猫がもっさりしていても生きていけるのは、発達した社会に住んでいるからだ。私はそれをラッキーだと思う。


 大半の野生動物は太っていれば淘汰されるが、太ることが生き残りの必須条件である場所も存在する。酷寒の地である。

 酷寒の地では、生き物はたっぷり脂肪をまとうことで身体を守る。

 ある俳優が酷寒の地へロケに行ったとき、まず食欲が異常に増して脂肪が増えたそうだ。そうすることで身体が寒すぎていられなかったロケ地に適応したのである。

 南極点へ到達しそこなったイギリスのスコット隊が失敗した原因は、隊員の摂取カロリーの不足だそうである。極寒の地では、生き物は体温を維持するために膨大なカロリーを消費する。スコット隊の隊員にはそれが足りなかったというのである。

 発達した社会では嫌われ者の脂肪だが、生きるために脂肪を必要とする場合もあるのだ。


 いろいろな問題があるにせよ、弱いもの・過剰なものが生きていける社会は、とりあえずいい社会なのだろう。

 過酷な社会では指導者だけが太っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る