第42話 幸せにする

 俺の心が落ち着いた後、また話し始める。

 というのも、こうして一気に恋人に駆け上がってしまったので、まだ朱里さんと付き合っているという実感がなく、ふわふわと宙を舞っているような感覚に陥っていた。


 やはりどうしたって、落ち着かない。


「私やっぱり直哉君のこと好きだなぁ」


「きゅ、急にどうしたんですか?」


「今私が思ったことを、口に出しただけだよ?」


「そ、そうですか……ありがとうございます」


 無邪気ににこっと笑うもんだから軽く悩殺。

 俺は恋のキューピットならぬ愛のキューピットに心を撃ち抜かれ、顔を真っ赤に染めてしまった。


 朱里さんは大人っぽさと無邪気さを兼ね備えているオールラウンダー。

 この手に関しては毎度大ダメージを食らうことはもうわかっているのだが……やはり脳内は「朱里さん可愛い」で埋め尽くされてしまう。


「ぼ、僕も好きですよ……」


「っ……‼」


 だがやられっぱなし、言わせっぱなしではさすがに嫌なので、俺も本心を口にした。

 おかげで朱里さんにも大ダメージ。

 お互いにひん死状態になった。


「……これから僕たち、慣れていくんですかね」


「……なれなくてもいいんじゃない? これもまたいいってことでさ……」


「そうですね。朱里さんの照れた反応、可愛いですし」


「っ……‼ 直哉君好きすぎるよぉ‼」


「うわっ! あ、朱里さん⁈ 抱き着くなら事前申告してくださいよ」


「事前申告する時間がもったいないの! 私は直哉君とハグしたいなと思った時にしたいの!」


 なんてわがままなんだ、と思うが、実に朱里さんらしい。

 それに俺自身驚くだけで、実際は嬉しいのだ。


「しょうがないですね。いいですよ」


「ひゃっほーい!」


 さらにグイっと強く俺をひきつけ、朱里さんの胸に顔を押し付けてくる。

 無我夢中でハグしているようなので意図的ではないと思うのだが、これは今まで一番刺激が強い。


「(……こんなに柔らかいのか……)」


 危うく朱里さんの大人の魅力におぼれそうになってしまうが、ここは鉄壁の理性が俺をガードしてくれた。


「朱里さん窒息死しますって」


「なら人工呼吸だね!」


「その前に助けてくださいよ……」


「もぉー……って、私胸押し付けてた……ごめん……」


 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、俺をからそっと離れた。

 よく誘ってくるくせに、やはりいざそうなるとダメなタイプだったようだ。

 

 薄々というか、だいぶ前からそうだろうなとは思っていたが。


「こういうのは……もう少し経ってから……」


 本気で恥ずかしがっている様子。

 だからここは仕返し程度に口を出してやることにした。


「いつもあんなに誘ってくるのにですか?」


「……な、直哉君がしたいならその……する、けど……」


「……ごめんなさい」


 素直に謝った。

 何せ俺も冗談のつもりで言ったのだが、朱里さんは割と本気で返してくれたから。


 やはりまだ付き合いなれてない。

 俺も微妙に攻めるような感じになってしまっているし、こういうのは一気にガラッと変えるのではなく、徐々に手探りでやっていかなければな、と調子乗った自分を戒めておいた。


 その後、微妙な空気が流れたりしたが、なんだかんだいつも通りのノリで話は進んでいった。

 朱里さんと話すのは時間を忘れるほどに楽しく、心地よく。

 告白してからもう二時間が経過していた。


「朱里さん。明日、僕と一緒にあの家に帰ってくれますか?」


 先ほどとは打って変わって、真剣なトーンでそう切り出す。

 それに反して朱里さんは、俺のそんな様子にぷっと笑った。


「それはプロポーズ?」


「……違いますけど、それはあと少し待ってください……」


「プロポーズ、してくれる予定なんだ……」


「こ、高校生の発言なので全く持って責任はありませんが……幸せにします」


 幸せにする。


 こんなにも美しく輝く恋を教えてくれた朱里さんには、幸せにするだけじゃ足りないのかもしれない。

 でも、俺のすべてを使ってでも、朱里さんを幸せにして見せるという決意は、確かに俺の中にあった。


「そっか。じゃあ、私も直哉君のこと、幸せにするよ」


 それじゃあ俺が一方的にもらってばかりじゃないか、と思ったのだがこれは朱里さんの思い。朱里さんが俺にくれる愛。それを拒否したくはない。

 否定したくないのなら、それ以上に朱里さんを幸せにすればいいだけの話だしな。

 

「ありがとうございます」


「ふふっ。私、もう幸せだよ」


「僕も、幸せです」


 俺たちにとっては少しおかしな雰囲気に耐えきれなくなって、俺と朱里さんは吹き出して、顔を見あって笑った。


 最高に楽しい時間だった。

 

 そしてこれからも、俺は朱里さんとこんな風に最高の時間を過ごしたいなと、そう思ったのだった。


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