第18話 美人なお姉さんは食べさせたいものがある

 渚と話し終わった後、すぐに帰宅する。


 そういえば今日の夜ご飯なかったよなぁ、と思ってコンビニに寄る。 

 そこで購入したのはいつも通り、カップ麺とエナジードリンクとスナック菓子だ。

 誰がどう見ても不健康な生活をしているのはわかっている。ただ、俺は料理が一切できない。


 その代わり、水の量に応じてその水が沸く時間が何となくわかるという誰得スキルを保持していた。あと、インスタントや冷凍食品を使う場合、スムーズさに関しては右に並び立つものはいないだろう。


 そうして自炊をさらにしなくなり、料理ができない人間へとなってしまった。

 料理の練習をしようとは思っている。それだけは、一応言っておく。


 自分の家まであと少し、というところで何やら俺の家の前に人影が見えた。

 既視感しかない。


 案の定、俺の家の前にいたのは朱里さんだった。


「朱里さん、今日はどうしたんですか?」


「えへへ~ごはん一緒に食べたいなぁと思って」


「だったらメールをしてくれればよかったのに」


「メールなんてそっけないわ! 直接会って言いたかったの」


 二ヒヒ~と無邪気に笑う朱里さん。

 俺は浅い溜息をついて、鍵を開けた。


「どうぞ」


「ひゃっほーい!!」


 ウキウキしながら我が家に入場。

 俺はゆっくりとその後に続いたのだが、もうすでに我が家は朱里さんの手の中に。


「朱里さん」


「なにぃ~?」


「僕のベッドの匂いをかがないでください」


「これだよこれこれ~。クンカクンカ」


 ダメだこの人人間やめてる。


 俺は「やめろ」という念を込めて奇行に走っている朱里さんをじーっと見つめた。


「ど、どうしたの直哉君? そんな私を見つめて」


「…………」


 無言の圧力。


「……わかった。こうしないとフェアじゃないもんね」


 何を分かったのか、朱里さんは突然にTシャツを脱ぎ始めた。


「ちょ朱里さん⁈ 急に何脱いでるんですか!」


「私が直哉君の匂いを一方的にかいでたら確かにフェアじゃないよね。だから私の匂いもかぎたかったんでしょ? だから、私の匂いが染みついたTシャツをね。ほれっ!」


 朱里さんが脱ぎたてのTシャツを俺に放り投げてきた。

 顔に覆いかぶさりそうになったので、なぜか払い落とすのではなく、手で顔を隠した。


「ぬあっ⁈」


 瞬時に服を顔から離し、片手で顔を隠して朱里さんにリリース。


 ちなみに、めちゃくちゃいい香りがした。多分一生忘れない。


「直哉君って想像以上にピュアだよね。真澄にいっつも『男の子は獣なんだからね!』って言われてたけど、直哉君はリスくらいだよ」


「だとしたら朱里さんはライオンか何かですよ! ザ・肉食ですよ‼」


「じゃあ草食動物である直哉君のこと食べていいんだねぇ?」


「いやそれは勘弁してください……」


「んもぅ! 直哉君意気地なしだなぁ」


 そう言いながら、朱里さんはTシャツを着始める。

 ちなみに、顔を手で隠していたのだが、うっすらと見えていた。


 赤って……朱里さんガチで来てるのかな……。


 草食動物の俺、身の危険を感じる。


「で、食べるものはカップラーメンくらいしかないですけど」


「実は……私直哉君に食べてほしいなって思って持参してきましたよ! 私と直哉君の夕ご飯!」


「……ゴクリ」


 朱里さんの……手料理、だよな。


 しかし、朱里さんは手に何も持っていない。

 俺がクエスチョンマークを浮かべていると、朱里さんははっと思い出したように手をたたく。


「あっごめん直哉君。家から持ってくるの忘れちゃってたよ……」


「あはは……そうなんですね」


「ちょっと今からとってくるね!」


「了解です」


 朱里さんはもうダッシュで隣の家へと戻っていった。

 

 正直、俺の中に朱里さんの手料理を期待する気持ちがあった。

 ここしばらく手料理なんて食べていないので温かいご飯が食べたいなという気持ちもある。

 しかし、それ以上に朱里さんが作る料理を食べてみたいという気持ちがあった。


 普段はあんな風に自由奔放でいるが、見た目は完全に黒髪ロングの清楚な美人お姉さん。

 そんな人が作った手料理は、たとえ恋愛への興味が希薄な俺でも気になるに決まっている。


「たっだいまー愛しの直哉くーん!」


 ご近所さんに聞かれたいかがなものかと思う言葉で俺の家に入ってきた朱里さん。


 そして俺の目の前まで来て、 ばっと勢いよく差し出してきた。


「日本一辛い激辛カップラーメン! 一緒に食べよ?」


「…………」


 悪い意味で期待を裏切られた。


 ただ、辛い物は苦手ではないので、朱里さんとそれを食す。


「これ意外と辛いですね……」


「私もうすぐでギブかも……」


 まだ真夏でもないというのに汗をダラダラとかきながら麺をすする。


「そういえば朱里さんって料理できるんですか?」


「全然……」


「やっぱりそうですよね……」


 おそらく、女子の手料理を食べる日は来ないだろう。

 

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