第17話 渚の恋愛観

 日陰のベンチにて、もう一度エナジードリンクをぐびっと飲む。

 この薬みたいな味が、なぜだか癖になる。


「で、質問って?」


「あぁそのー……こないだの美人な人のことについて知りたくて」


「朝話しただろ?」


「いやでも、あの雰囲気で何もないってありえなくないですか?! 怪しいんですよねぇ?」


 怪しげに俺をじっと見つめてくる。

 まぁ俺のことを知ってる人からしたら当然か。恋愛に興味が全くないと言っている奴が美人なお姉さんと一緒に砂浜にいて、さらにキスしそうになっていたなら気になるのも自然のこと。


 ただ、どう話していいかわからない。


「先輩あの人と付き合ってるんじゃないんですか? 私ちゃんと素直に答えたんですから、先輩もほんとのこと教えてくれますよね?」


「っ…………!」


 それを言われると、正直辛い。


「ま、まぁそうだよな。しょうがない。誰にも話さないでくれよ?」


「はい! もちろんです!」


 その後、俺は朱里さんと出会ってからのいきさつを手短に話した。

 といっても、そもそも話すようなことはそんなになくて、すぐに話し終えた。


「というわけで、今は保留なんだ」


「……なんか、展開がラノベみたいですね」


「それは否定できない」


 渚は「なるほどー」と納得したようにうなずいて、大きく伸びをした。


「でも先輩よくこらえましたよね。私が男の子だったら絶対すぐ付き合いますもん。その人のいうフィーリングで」


「いや一般的にはそうなんだけど、俺恋愛経験とかないしなぁ」


「恋愛経験ない人だからこそ食いつくと思いますよ? でも、あんな美人なお姉さんが自分のベッドで寝てても手を出さないくらい先輩はお堅いですから、そこが気に入られたのかもしれませんね」


「俺は男として当然のことをしたんだけどなぁ」


「男のならむしろ飛びつきますって」


「そういうもんかなぁ」


「そういうもんです」


 それは確かに朱里さんも言っていて、やはり俺は男性ホルモンが不足しているのだろうか。

 でも自分としては当然の行動をしたと思っているし、ほんと一般ってなんだよって思う。


 それと、俺ってお堅いのか。

 

「先輩は真面目すぎるんですよ‼ 外見に不似合いすぎますって」


「外見に合わせるの? むしろ外見が変わってほしいと思うんだけど」


「でもそこのギャップで……あぁー! 女の子ってわからないぃー‼」


 頭を抱えてもだえる渚。


 もしかしたら、玲央の言っていた強さに極振りしたというのはあながち間違いではないのかもしれない。

 でもそんなことを言おうもんなら、俺もサンドバッグに就任してしまう可能性があるので口を結んでおく。


「でも、先輩は正直なところ。そのお姉さんのことをどう思ってるんですか?」


「うーん……」


 その質問は、どうも答えが出せない。


 確かにデートは楽しかったし、朱里さんの自由奔放さも別に嫌いじゃない。むしろ俺がこの見た目で控えめなので、そこは好きなのかもしれない。


 むろん容姿に関しては俺の好みドンピシャだからいうこともないけど、内面も少しずつ分かってきていいなと思い始めている。


 俺、もしかして朱里さんのこと――


 いやいや、まだ知り合ってばかりじゃないか。結論を出すには早すぎる。

 俺は感覚派ではないのだから。


「わかんないかなぁ」


「先輩そこですよ」


「そこ?」


「そこです」


 指示語だけではわからないが、ビシッと渚が俺を指している。

 目つきの悪さが唐突に気になったのかと思ったが、そうではなかった。


「先輩は慎重すぎるんですよ。少しでもいいなと思ったら『好き』でいいんですよ。はっきり言って、先輩は重いです」


 なかなかはっきり言うな。


「でもさすがにそれは軽すぎるんじゃ……。それに、朱里さんが軽かったわけだから俺が重くしてちょうど一般的……」


「先輩、恋愛未経験なのに一般とかわかるんですか? というか、そもそも恋愛を誰かに見せるわけでもないのに客観視してどうすんですか」


「…………」


 意外にも刺さるものがある。

 なんだか、渚が余計に強く見えてきた。


「先輩はもっと自分勝手でいいと思うんです。むしろそのお姉さんを見習うべきです」


「は、はぁ」


「恋愛とは、身勝手であるべきなんです」


 立ち上がって力強くそういう渚はさながら政治家の演説。

 妙に説得力があった。


「そう……だよなぁ。でも、難しいんだよなぁ」


「まぁでも、私がそんなことを言っておきながら未だに告白すらできてないんですけどね」


「あっそうじゃん」


 若干説得力が落ちた。

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