第8話 リア充は美人なお姉さんの敵

「私は晴海真澄(はるみますみ)。大学二年生で、朱里から聞いてると思うけど、朱里と幼いころからの親友。あと、クォーターなの」


 俺の部屋で、ちゃぶ台を囲んで三人が床に座る。

 さすがに美人なお姉さんが二人もいるとアウェー感が半端なく、正直なことを言うと居心地が悪い。俺の家なのに。


「なるほど。クォーターなんですね」


「そうそう。祖父がロシア人でね」


 真澄さんがクォーターなら、この日本人離れした美しさを放っているのにも納得がいく。

 それに、最近では金髪に染めている人もいるが、普通は金髪の人なんてそうそういないからな。

 真澄さんは地毛ともあって、若者がパリピで染めたみたいに違和感がない。


「あっこんなことしてる場合じゃなかった。朱里。カバン」


「あぁーこれこれ。助かったよー」


「全く。これで何回目よ。カバンはちゃんと持っておかないとだめだからね?」


「以後、気をつけることにするよー」


 そう言いながらカバンをごそごそ漁る。

 どうやら鍵を見つけたようで、「これだよこれ」と宝物を見つけたかのように嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 土曜日が征服された、なんてことを思っていたけど俺の勘違いか。

 だって朱里さんは自分の家の鍵を手に入れたわけだし、もうさすがに自分の家へと帰りたいだろう。俺の家にいる必要はそこまでないしな。


「じゃあなんかすることもないし、映画でも見よっかー」


「えっ? 帰るんじゃないんですか?」


「だって帰っても特にやることないし……まだ直哉君に私のことを知ってもらってないしー」


「いやそこはこの家の持ち主である僕の許可とかないんですか?」


「だってもう入っちゃってるじゃん。もういいじゃん」


 ようやく一人で趣味のネッ〇フリックスを見られる、と思ったのも束の間、この人居座るつもりだ。

 別に嫌じゃないのだが、真澄さんもいるしなかなか気まずい。


「でも真澄さんもいますし、せっかくの土曜日なんで遊んで来たらどうですか?」


「えぇーやだよー直哉君と一緒にいたいよぉ~」


 真澄さんがいるのなんてお構いなしに俺にくっついてくる。

 その時に伝わる柔らかい感触が、妙に生生しくてドキドキする。


「あぁー私は朱里にカバン届けに来ただけだから。私は今から彼氏とデート」


「あっそうなんですね」


 じゃあなおさら今俺の家にいることはダメなんじゃないか? と思ったのだが、そこんとこは割と緩いのか、特に気にしていないらしい。 

 まだ恋をしたこともない俺だから、そういうことに敏感すぎるのか。


 大人の余裕とは、まさに真澄さんのことを言うんだろうなと思う。


 ちなみに、俺にくっついたまま離れない朱里さんに大人の余裕はたぶんない。

 大人なのは恐らく体だけだ。


「彼氏とデートかぁ。楽しんできてよね! 私を置き去りにして」


 この人にのろけ話とかリア充の話とか絶対NGだなということを再確認。

 言葉に怒気を含んでいる。それにばっちり真澄さんの方を睨んでいる。

 しかし、真澄さんは余裕な表情でにこやかにほほ笑んでいた。


 朱里さん、これが大人だと思いますよ。


「じゃあ直哉君。あとはよろしくねー」


 真澄さんは逃げるように俺の家を出ていった。

 朱里さんはイケメン彼氏とのデートに向かう真澄さんの背中を、猫のように「きぃぃぃ!!」と唸りながら睨んでいたが、真澄さんが退出するとそれは収まった。


「さてよろしくされた直哉君。今から何がしたい?」


 依然として俺に体を密着させてくる朱里さん。

 俺は朱里さんの肩を持って、引き離す。

 さすがに長いこと密着されると、刺激が強すぎて理性が崩壊しかねない。


「とりあえず僕は一人でネッ〇フリックスでも見ようと思います」


「おっいいねぇ。買い出しとか行っちゃう?」


「僕今、一人でって言ったんですけど」


「……もぉー~照れ屋さんなんだからっ!」


 やはり朱里さんは居座るつもりらしい。

 

 ただ、正直なことを言うなら別に朱里さんがいて困ることはないし、朱里さんのことを知るチャンスでもある。

 だからよくよく考えれば、朱里さんが俺の家に居座ってもいいかなと思った。


「しょうがないので僕の部屋にいていいですよ。でもその代わり、一度家に帰ってください。そして服を着替えてください」


 その緩い服のままだと、目のやり場に困る。

 それにやっぱり美人なお姉さんが俺の服を着ていると思うとどこかいけない気がするので、着替えて欲しい。


「えぇー。じゃあ、直哉君が着替えさせてくれたらいいよ?」


「自分で着替えてください。さっ、早く行ってください」


「直哉君が私のことを雑に扱う~。もっと優しくして?」


「その色っぽく言うのやめてください。別の意味にとれます」


「別の意味でもいいよ?」


「……朱里さんは自分の体を大切にしてください」


「ちぇー」


 朱里さんは文句を言いながら、かばんを持って自分の家へと戻っていった。

 

 ようやく一人になれた、と一息ついていると、とんでもないスピードで朱里さんが戻ってきた。


「ただいまっ」


 ……やはり俺の土曜日は征服されたらしい。

 

 

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