第15話 美人なお姉さんは我慢できない

 鎌倉駅を降りた後、俺たちは鶴岡八幡宮を訪れた。

 そこで十分に鎌倉を満喫したかと思えば今度は大仏を見に行くと朱里さんがいい始め、大仏を見に行った。


 普段こんな風に長距離を歩いたりしないのでヘトヘトになっていると、「次はお昼だねっ!」と疲れた表情を一切見せない朱里さんに手を引かれてお店に入った。


 そこで少しは休憩できるかと思えば朱里さんの食べる速度が速く、俺は食べるので精一杯。

 俺が食べ終わったころには朱里さんが次はどこに行くか、ということについて検討していて、俺が口をはさむ前に次の場所へと連れていかれた。


 初デートなのでよくわからないのだが、デートってこんなにも大変なものなのかと思う。


 ただ、朱里さんが心底楽しそうにしているので別にいいかという気持ちになっていた。


 現在の時刻は十七時と、そろそろ夕方というところで次に向かう場所は――


「七里ガ浜、ですか?」


「そうそう。ほんとは鎌倉の海でもよかったんだけど、ちょうど帰りにあるし、あそこからの景色はすごく好きなの」


「そうなんですね。まぁ今日はいくらでも付き合いますよ」


「そのまま一生付き合ってくれてもいいんだよ?」


 上目遣いでそういう朱里さん。


「……それはよく考えさせてください……」


「うん、いいよ」


 さっきまであんなに無邪気な顔で笑って、この人ほんとに俺よりも年上なのかなと疑っていた。

 しかし、こういうときに見せる温かい眼差しは大人っぽくて、どうも俺はそれに弱いらしい。


「さて今日のラスト、楽しみますか」


 俺にそう言って、二人で電車に乗った。




   ***




 七里ガ浜駅で降車した。

 

 そしてしばらく歩くと、開放的な景色が開けた。

 ビューっと海風が吹き込んでくる。


「気持ちいねぇ。なんかいいね!」


「そうですね」


 先ほどあんなに歩いて疲れていたのだが、不思議と今はその疲れがない。


「直哉君。手、つなごっか」


「えぇ⁈」


 砂浜に降りたところで、朱里さんがそう言った。


「手をつなぐんですか?」


「そうか物足りないんだね。じゃあ今からでもホテルに……」


「そういうことじゃないです。むしろ僕には物足りすぎます」


「ぶぅーもしかしたら直哉君をお持ち帰りできるかと思ってたのにぃ―」


「お持ち帰りしても家隣じゃないですか」


「じゃあ、今夜はいいんだね?」


「よくないですよ」


 朱里さんは待ちきれなくなったのか、俺の手を取った。


「ちょ、朱里さん?」


「直哉君お得意の焦らしプレイをしてきたから、私お得意の強引プレイを……」


「朱里さん、表現をもう少し誤解されないように健全にしましょう?」


「……直哉君のえっち」


「なぜ僕?」


 そんな会話をしながら、駅から遠ざかる方向に歩みを進めていく。

 砂浜に足を取られて歩きずらいのだが、朱里さんは心底楽しそうな表情を浮かべながらテクテクと歩く。


「波の音っていいですよね。なんか落ち着きます」


「私は直哉君の匂いの方が落ち着くけどなぁ」


「どうか波で手を打ってください」


「あぁー人目がなければ直哉君の匂いを……えへへ~」


 朱里さんがどんどんと変態的な方向に進んでいる気がする。

 いや、出会ってすぐに「付き合って」とかいう人だから、もうすでにおかしいのだけど。


 ある程度歩いたところで、人がほとんどいなくなった。

 

 日はだんだんと落ちてきて、今じゃ車のヘッドライトが一番輝いている。

 夜に溶けた七里ガ浜の中で、朱里さんが気持ちよさそうに風を感じている。


 俺は朱里さんと手をつないでいることに意識を取られていて、逆にどうしてこうも素でいられるのかと不思議になるくらい。



「ねぇ直哉君。キス、する?」



 突然放たれた衝撃的な言葉。


 朱里さんが俺の手を、さらにぎゅっと握る。


「それはやはり人目が……」


「今周りに人いないよ? それに暗いし、ムードはばっちり。絶好のキススポットだよ?」


「……でも段階を踏んでって言いましたよね?」


 手をつないでいるだけで手いっぱいなのに、キスなんて俺には無理だ。心臓がもたない。

 

 それに朱里さんとは別に付き合っているわけでもない。付き合ってもない男女がキスなんかしていいのか?


「直哉君はさ、私とキス、したいの?」


 朱里さんがグッと俺に近づいてきた。

 

 小さな息遣いとか、朱里さんのぷるっとした唇がより鮮明になる。


「いや……それは……」


「ねぇ、したいの?」


 朱里さんが少しずつ俺の唇に唇を近づけて、間もなくくっついてしまうというところで、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。



「直哉?」



 振り向くと、そこには玲央と渚が立っていた。

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