第2話 お隣さんは自由人を超越した存在
翌朝。
俺は結局邪念を消し去ることに精いっぱいで寝ることはできず、一睡もしないで夜を明かしてしまった。
昨日の夜はまるで修業。今は不思議と眠気はなく、かつ下心も消えていた。
幸いにも今日は土曜日。しかしだからこそ、俺はこの家から離れられないわけで。
お隣さんが起きたときはどうしようかというシミュレーションをしていたのだが、ひたすら身の潔白を証明するしかないなという結論に至った。
こんな経験はないし、そもそも答えなんてわからない。
依然としてお隣さんは俺のベッドで気持ちよさそうに寝ていた。
少し寝相が悪いようで、昨日の夜よりも余計に服がはだけて色々と見えてはいけないものが見えている。ただ、それは意識しないようにした。いや、善処した。
「んー……ふはぁー」
お隣さんがついに起床した。
ゆっくりと体を起こし、あくびをしながら目をこすっている。
俺はそんなお隣さんを、下心ゼロで「ついに起きた……」と言った感じで見ていた。
すると、お隣さんは目を開けて、そして一通り俺の部屋を見渡した後、一言。
「おはよ」
そしてもう一度大きなあくびをする。
「……は?」
予期せぬ第一声。これは想定外。
なぜお隣さんはあたかもここが自分の家かのように朝を迎えているんだ? 普通起きたら、隣人である男のベッドで寝ていたことに驚いて悲鳴を上げるか、少なくとも動揺くらいはするはずだ。
しかし、その予想をはるかに超える「おはよ」の三文字。
俺はたった三文字でノックアウト。ぽかーんと口を開いてお隣さんを見ることしかできない。
「どうしたの? そんなに驚いた顔して」
変わらず普通の態度。
俺は何とか言葉を発しようと思い、口を開く。
「いや、その……驚いたりとかしないんですね」
「うーん……あぁ! もしかして私が朝起きて、『なんで私が知らない男のベッドで?! まさか知らぬ間にこの人と一夜を……? いやぁぁぁ!!』みたいな反応でもすると思った?」
「ま、まぁ」
「残念でした。そんなお約束展開はないよ? もしそれをご所望ならやってあげなくもないけど」
「いや別にそういう展開になって欲しいわけではないので」
実際、ならないことが最善だ。
よって、この状況はある意味一番いいのかもしれない。ただ、意味は分からないが。
「いや実は私、お酒に酔うんだけど記憶は鮮明なタイプなんだよね。それに、元から割とオープンな性格なの」
「えっじゃあ昨日の夜記憶は鮮明だったんですか?!」
「うん。もちのろんよ」
「じゃ、じゃあなんで……」
「それはね……男の子のベッドで寝てみたかったから」
「は?」
そしてこの刹那、俺はこの人のことを理解した。
自分でオープンな性格って言ってたけど、そんなレベルじゃない。
この人清楚系な美人のフリして……とんでもない人なのでは?!
それも明確な根拠あり。
だって、普通に考えて酔いが回った状態で、加えて記憶が鮮明な状態で「男の子のベッドで寝てみたかった」と言う女性がいるはずない。
自由人を超越した新人類の可能性も視野に入るぞこれは。
「いやぁでも何もちょっかい出してこなかったっぽいし、やっぱり私の勘は当たってたわ」
「勘?」
俺がそう聞き返すと、お隣さんは俺に人差し指をビシッ! 向けて、堂々と言った。
「私がベッドで寝ても、安心安全な男の子……つまり無害そうな子ってこと!」
なぜだろうか。男として、何か馬鹿にされているような気がする。
いや、人間としては真っ当なことをしたと自分でも思っているが。
「つまり、結局あなたは何がしたいんですか?」
「そうね……とりあえず、お風呂入ってもいい? 寝たら汗かいちゃって」
お隣さんはそう言って、服をパタパタする。そのせいで余計に見えてはいけない諸々がチラついて、俺はすぐに目をそらす。
たとえ俺が無害な人とはいえ、この人は自由すぎないか?
「で、入ってもいい?」
「それだったらあなたの家は隣なんですからあなたの家に……あっ、そうか」
そういえばこの人は鍵がなかったから俺の部屋にいるんだった。
ということはつまり……男の子のベッドで寝たかったっていうのはこの人が単に俺をからかっただけ?
なんだかしてやられた気分になった。
「ま、まぁいいですけど」
別に覗く気もないので、了承する。
「じゃあ遠慮なく~」
そう言ってお隣さんは風呂へと向かった。
俺はきっと、とんでもない出会いをしてしまったのだと、今ようやく理解した。
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