第40話 恋

 ——犬吠埼灯台。


 真澄さんに教えてもらった、朱里さんの居場所はそこだった。

 俺が降りた犬吠駅から徒歩十分ほどで着くらしい。


 マップを見ながらそこに向かって歩いていく。

 しかし次第に歩くスピードは加速していって、気づけば走っていた。

 

 前方の彼方でうっすらとオレンジ色の海が見える。

 だんだんと視界が開けてきて、肉体の疲労なんて気に留めずにずんずんと進んでいく。

 

 遮るものは何もない、開けた場所に出た。

 俺の目の前には壮大な海が広がっていた。

 左の方に見える白い灯台。あれが犬吠埼灯台だろう。


 朱里さんが近いんだと思ったら、もう一段階速度が上がった。


 最近走ってばっかりだ。

 

 玲央と渚に呼び出された時もこうして全速力で走ったし、今もこうして全速力で走っている。

 青春ものは大体終盤は走る。


 でも、駆けだした気持ちを抑えきれずに、体も走ってしまう。

 ボケーっと見ていた登場人物たちの気持ちが今ならよくわかる。

 まさに、心と体は繋がっているってことなんだろう。


 うっすらと灯台付近で人影が見えた。

 間違いない。あれは朱里さんだ。


 もしかしたらそういう願望の押し付けかもしれないが、間違いないという確信が俺の中にはあった。

 

 さらにスピードを上げ、風を切る。

 こんなにも走るのがつらいのに、気持ちいと感じたのはきっと初めてだ。

 きっと、最初で最後だろう。


「朱里さん!」


 俺はたまらずそう叫んだ。

 海の方を見ていた人物が、半回転して俺の方を向く。


「直哉君?」


 至っていつも通りの彼女を見た瞬間、俺はそのまま朱里さんに抱き着いて、腕の中に案外小さな朱里さんをおさめた。

 幸せのぬくもりが、ふわりと俺の体を包む。


「ちょっ直哉君⁈ きゅ、急にどうしたの⁈」


「珍しく照れてますね」


「か、顔見れないでしょこの態勢じゃ! 憶測はよくないなぁ」


「耳、真っ赤ですよ」


「あ、あ……」


 またさらに真っ赤になる。

 ただ俺も真っ赤なので、今ここで耳が真っ赤なのは普通のこと。

 赤信号、みんなで渡れば怖くない理論だ。


「聞きたいことはたくさんあるんだけど、とりあえず今は直哉君を抱くとするかな」


「どうぞどうぞ」


「ではでは……むぎゅー」


 朱里さんの手が俺の背中に回る。

 二人ともがハグをしているのは初めてのことで、より朱里さんを感じられた。

 極上の幸せ、とはきっとこのことを言うんだろう。


「朱里さん……」


「ん?」


 肩を掴んで、少し距離を取る。

 それでも朱里さんの顔は目と鼻の先にあって、でも不思議と恥ずかしさはなく、俺は自分の心の中をなぞるように言葉を放った。


 ——シンプルでいい。


 最高の友人からの言葉を胸に——















「好きです」














 もう一度大きく息を吸ってまた口を開く。






「僕と付き合ってくれませんか?」






 俺の気持ち、そのすべてが、この言葉に乗っている。

 届くといいな。朱里さんの言っていたような、言葉に宿る愛が。


「…………ほ、ほんとに?」


 今までで見たことないような、真っ赤な顔でそういう。

 こういうところはやはり初心で子供っぽい。

 攻められるのが弱いことは、何も変わってない。


 でも、そんな朱里さんが今は最高に可愛かった。


「嘘なんていいませんよ。好きです」


「……わ、私も……好き」


「はい。好きです」


「ちょ……そんな何度も言わないでよ……」


「朱里さんの今の表情をもっと見ておきたいと思ったので」


「……直哉君はそっち側じゃないの!」


 朱里さんはむきになって俺に唇を当ててきた。

 しかし慣れていないのか、かすっただけ。

 それを恥ずかしがっているのか、口を一文字に結んで心底悲しそうに、かつ悔しそうな顔をしている。


 俺はそんな朱里さんを見て、いてもたってもいられなくなって静かに唇を寄せた。


「ん……」


 色っぽい息が漏れた後、受け入れるように背伸びをして朱里さんが押してくる。

 

 しばらくたっても離れることはなく、俺と朱里さんは長いキスを交わした。


 愛が伝わる。

 

 経験しないと、どうにも実感がわかないことだけれど、いざ経験すれば、「これか」としっくりくる。

 愛はやがて幸せとなり、愛おしさとなり、俺の中をみるみる満たしていく。



 もうきっとこの恋の感覚を、忘れることはできないだろう——


 


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