第39話 覚悟の時間

 一人でこんなに電車に揺られることは多分初めてだろう。

 それも誰かに会いたいがために何かすることも又、初めての経験だ。


 目的地に近づけば近づくほどに、車内はより静かとなり、俺の乗っている車両には人が片手で数えられるほどしかいなくなった。

 車窓から見える田園風景。


 俺の祖父母の家は首都圏にあるため、こうして田園風景を見ることは珍しい。

 しかしどこか懐かしさを感じ、既視感を覚えるのは今までにこういった映画やドラマを見てきたからだろう。


 ともあれ、車窓から見える景色はきれいだった。


 落ち着きを払っている風景と同じように、盛り上がっていた気持ちも又落ち着きを取り戻している。

 無駄な雑念をそぎ落として完成された俺の気持ち。


 本当に移動時間がここまでかかったことがよかったなと思う。


 移動しているときも、電車を待っているときも。

 間違えて反対ホームの電車に乗って恐ろしいほどにテンパった時も。

 頭の中は朱里さんのことでいっぱいだった。


 朱里さんは自分自身が気づかぬうちに、こんなにも大きな存在となっていた。

 

 でも考えてみれば至極当然のことのように思える。

 

 俺には今まで友達がいなかった。

 この見た目と人見知りが相まって高校に入るまで全く友達がいなかった。

 でも別に友達がいなくたって寂しいと思うことはなかったし、友達とわいわい楽しむ同級生たちに羨望の眼差しを向けたこともない。


 なにせ友達がいることのありがたさを、友達がいたことがない俺が感じることができるわけないのだから。


 人間関係とは、中毒だ。


 玲央と渚に出会って、友達になってから俺は友達がありがたい存在なんだと気づいた。

 それから人数関係なく、友達がいないという状況は考えられないし、考えたくもなくなった。


 つまりこれは好きな人にも言えるわけで。


 友達がいない俺がそもそも異性なんていうよりハードルの高いものに興味を持つわけもなく、そもそも女子とは未知。

 誰だってかかわりのない、いるかもわからない宇宙人に恋なんてしない。

 俺にとって女子とは、言い方はひどいがそんな感じだった。


 でも、朱里さんと関わってから女子は未知じゃなくなった。

 

 そして関わることで、友達と一緒にいるときとは違った安心感と、幸福感。それを異性から感じるということを知った俺は、それに知らず知らずのうちに依存していたのだ。


 朱里さんと距離ができたことで、その依存に気づく。

 その依存は別の言葉でいえば、恋——


 恋の味を知ってしまったら、もう止まれない。

 人々が恋愛に熱中することの理由がよくわかる。

 みんな恋に知らず知らずのうちに魅了されて、それを当たり前とする。


 でもどんな当たり前よりも特別で、美しい。


 恋って素晴らしいなと、そう強く思った。


 間もなく目的地に到着する。

 

 気持ちはもうまとまっている。

 そしてどうするのかも、もうわかっている。


 スマホの画面に視線を向ける。


 そこには恥ずかしそうに、でもどこか楽しそうな表情を浮かべている玲央と渚の姿があった。

 ツーショットを取ったらしく、俺に自慢してきているのだ。


 拳で殴り殴られで会話する二人だが、やはり付き合いたてのカップル。

 写真だけでアツアツ感が伝わってくる。


「(俺も、朱里さんとツーショット取ってみたいな)」


 女々しいことを脳内で吐いては、一人で赤面する。

 恋って人をも変えるのだ。


「まもなくー犬吠駅、犬吠駅です」


 ゆっくりとホームへと滑り込み、そして止まる。

 開かれた扉から、俺は踏みしめるように決戦の地に足を踏み入れた。


 

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