第43話 未来へ

 幸せを誓い合った後、一瞬にして時間は過ぎっていった。

 しかし大変だったのが、泊る場所が朱里さんの実家だったということ。

 そこで両親からの質問攻めやら泣かれるやら胴上げされるやらですごく大変だった。


 でもこんなにも好意的に俺のことを受け入れてくれたことはすごくうれしくて、その日の夜は気持ちよく寝れた。

 ただ、両親の妙な計らいで朱里さんの部屋で寝かせられて色々と準備もされたのだが……孫の顔が早く見たいといってもそれは速すぎやしないだろうか?

 

 「もう少し待ってください」といったことで行為には及ばずに済んだ。しかし、朱里さんは妙にソワソワしていたので、もしかしたらしたかったのかな……とか思いつつも、ちゃんと段階を踏むことを朱里さんと約束したのでいいだろう。


 翌日の日曜日、俺と朱里さんは帰宅した。

 真澄さんは気を使ってくれたのかもう少し犬吠埼を堪能するらしい。


 そんなこんなで怒涛の休日は過ぎていき……平日の月曜日。


 俺はアラームの音に目が覚めて、体をむくりと起こした。


「ふはぁー……」


 目をこすってしばらくぼーっとする。

 大体目が覚めてきたところで目をかっと開けて、隣に視線を向けた。


「んー……むにゃむにゃ……直哉君がとってもおいしいよぉ……」


「一体どんな夢を見てるんですか……」


 隣で俺に見立てた枕を抱きながら、無防備な姿で寝ている朱里さんが視界に入る。

 

 昨日は帰ってきて朱里さんが「宴だぁ!」といってお酒を飲み始め、深夜飲み会が緊急開催されたのだ。もちろん俺の家で。

 そして酔っぱらいまくった朱里さんが俺のベッドに寝落ちしてしまい、現在に至るというわけだ。

 

 ほんとあの夜は大変だった。

 何せ酔っぱらった勢いでキスを十回以上されたからな。おかげでキスマークを落とすのが大変だった。


 ただ、なんだかんだこうして二人同じベッドで寝ている。

 最初に出会ったころは同じベッドで寝ることに抵抗があったのだが、今はカップルなのだしいいかなと思って同じベッドに入った。というか、床で寝ると背中痛くなるし。


 ちなみに何もしていない。

 俺の理性は頑固過ぎるということが証明された。


「朱里さん、起きてください」


「むぅー……」


「今日大学の講義早い時間からあるんですよね?」


「む、むぅー……」


 何度か頬をつつく。

 どうやらそれで起きたようで、目をゆっくりと開けながら俺と同じように体を起こした。


「おはよー直哉君」


「おはようございます」


「……初めての朝だね」


「意味深な言い方やめてください。ほら、準備しますよ」


「お、おけー……とその前に、ハグだぁー‼」


「ちょっ……ま、まぁ少しならいいですよ……」


「甘々だなぁ……」


 恋人になったせいか、確かに朱里さんに対して甘くなってしまっているのも事実で……でも同時に甘やかしたいなと思っているのも事実。

 まぁ今くらいは、別に甘やかしてもいいか。


「えへへ~幸せ~」


 朱里さんの笑顔を見たら、もっと甘やかしたいなと、そう思った。





「じゃあ僕学校行ってきますね。合鍵そこにあるんでそれで出かけるときは閉めていってくださいね」


「了解! 私の方が帰ってくるの早いと思うから、直哉君の家で『おかえり』言うために待ってるね。裸エプロンで」


「家にいるのはいいですけどそれだけはやめてください」


「むぅー……わかった」


 朝から元気だなと思いつつも、これは羽目を外したらとんでもないなと自分を戒めておく。

 俺と朱里さんの関係では、俺がストッパーにならないといけないからな。

 

 そう思いながら靴を履いて、ドアノブに手をかける。


「じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい!」


 それに付随して、最高に可愛い彼女の笑顔の花が、パーっと咲いた。

 憂鬱な朝が一瞬にして色づき、心を幸せで満たしてくれる。


 笑顔とこのたった一言で何もかもが変わってしまうなんて……やはり幸せとは偉大だな。


 幸せを胸いっぱいに抱きながら、朝の街に駆け出した。




   ***




「ちょ今肩触れたゾ! くっつきたいなら何も言わないんじゃなくてちゃんと事前に行ってからにしてくれたもう!」


「わ、私からじゃないですよ! 玲央先輩から触れてきたんですよ⁈ わ、私が自ら触れるわけないじゃないですか!」


「こないだ俺の部屋にいるとき『手……つないでもいいですか?』って上目遣いで言ってきたのはどこのどいつだったっけなぁ?」


「きぃぃぃ‼」


 目の前にアツアツなカップルが歩いていた。

 そのカップルはもちろん俺の友人。いや、最高の友人たちだ。


 相変わらずの仲の良さ。付き合い始めてから、それがさらに増したように思える。


 俺はそんな二人に並んで、いつも通り声をかけた。


「おはよ。相変わらずの仲の良さだな」


 俺がそう声をかけたことによって、喧嘩という名の愛情表現はストップし、柔和な雰囲気が訪れる。


「おはようございます先輩! あと、おめでとうございます!」


「ありがとう」


「おはよう直哉。こうして今日を迎えられたことに感謝しながら……おめでと」


「ありがとう。今日にもお前らにも感謝してる」


 我ながら少し恥ずかしいセリフを吐いているなと思いつつも、二人はそれを受け止め、にこっと笑ってくれた。

 やはり気の合う二人だと思う。


「いやーそれにしても先輩の恋も実ってよかったです! ハッピーエンドですね!」


「エンドって……まだまだこの先は続いていくからな一応」


「慎重だなぁ直哉は。付き合ってからはさらに大胆さが必要だぜ?」


「……なら手もろくに繋げない玲央先輩はヘタレですね。今すぐ土ならぬアスファルトに帰りますか?」


「渚。ゴー」


「いやいやそれはあか——」


 玲央はようやく本来あるべき姿に戻った。

 これでにっこりと朝を迎えられる。


 ただ今回の復帰は速く、すぐに俺と渚に玲央は合流した。


「まぁなんにせよ、やったな、直哉」


「おう。サンキューな」


 拳と拳を軽くぶつけ合う。

 男の友情って感じがして、むずがゆさはあるがなんだかよかった。


「ちょっと私もその拳ぶつけるのやりたいです。私たち三人仲良しじゃないですか?」


「い、いや……渚と拳を合わせたら飛んで行ってしまいそうだゾ」


「飛ばしてあげましょうか?」


「遠慮しときます……」


 いつも通りのこんな会話をして、俺たちは笑った。


 全員が幸せの形を見つけ、そこに身を収めることができた。

 全員が幸せになったからこそ、今がある。朱里さんとは違った、幸せを感じることができる。


 やはり日々は幸せに溢れている。


 友情にも、恋愛にも。


 まだ終わらない。むしろこれからだ。

 俺たちは幸せの形を今ようやく見つけられることができたのだから、これからはその幸せをひたすら感じていく。


 楽しい未来が待っている。




「直哉、何止まってんだよ」


「先輩、行きましょ?」




 そこに行く過程の中で、こうして最高の友人たちに手を指し伸ばされることがことがきっとあるだろう。

 でも俺は迷わずに、二人の手を掴んで、ときには引っ張ってやろうと思う。


「おう。行くか」


 幸せは、きっとこれからだ。




    ***




 学校が終わって、帰宅途中、コンビニ寄って甘いものと、激辛カップラーメンを買っていった。

 

 コンビニの袋を下げて、朱里さんの待つ家に向かう。


 家に近づいてきたあたりで、俺の家のドア付近に人影が見えた。

 なんとも既視感のある状況だが、それが今はとてつもなく愛おしい。


 俺はそれをかみしめるように階段を上がっていき、そして家の前までやってきた。


「おかえり、直哉君!」


「ただいま、朱里さん」


 かしこまったセリフに、なんだかおかしくなって、お互い吹き出した。


「どうして家の前でわざわざ待ってたんですか?」


「いやーなんだか、一秒でも早く会いたくなっちゃってさ」


 そう言って、朱里さんは無邪気に笑った。


 控えめに言って、可愛すぎる。

 美人で可愛い無敵のお姉さん。それが俺の隣人であり、最愛の恋人。


 俺は最高の人に出会ったのだと、毎秒実感していた。


「さっ、私たちの家に帰ろっか!」


「僕の家ですよ。朱里さんの家は隣です」


「むぅー……じゃあその時が来たら、私たちの家に帰ろ?」


「それもいいですね」


「えへへ~」


 幸せそうな顔を浮かべる朱里さんが、俺の手をぎゅっと握ってきた。

 そしてドアノブに手をかける。


 わざわざ家に入るのに手をつなぐ必要があるのか? と疑問に思ったのだが、そんな常識は今はいらない。



 

 こうして朱里さんの寂しさが紛れるなら、俺たちがそれで幸せなら、何度だってしてやるんだ。





「朱里さん。もう、寂しくないですか?」


 あたたかな眼差しを向けて、そう聞く。


 朱里さんはゆっくりと扉を開けながら、澄み切った表情で俺にこう言い放った。







「直哉君と一緒なら、もう寂しくなんてないよ」






 朱里さんの言葉に俺も又にこっと笑って、手をつなぎながら家へと入った。


 

 寂しさなんて、どこにもない。

 

 あとは幸せを、かみしめていくだけだ。




                                   完


 

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