第41話 告白することしか考えてなかったから……

 辺りはすっかり夜の世界に溶け込んでいて、それと同じように俺の心も又山を乗り越えて落ち着きを取り戻していた。

 

 隣に朱里さんが座っている。

 それだけなら今までと変わらないのだが、俺と朱里さんの関係は変わった。

 

 お隣以上恋人未満から、恋人に。


 そのため今は手をつないでベンチに腰を掛け、二人で海を眺めていた。

 なんてロマンチックな雰囲気なんだろうと、自分でも思う。


「朱里さん。僕たちこうして付き合い始めたわけですし、あの家に戻ってきてくれませんか?」


「早く帰って来いってこと?」


 割と重めな提案をしたのだが、あっさりとそう返された。

 もう少し考えたりするのかなと思っていたのだが、すでに心の中で帰ろうと決めていたのかな。

 そう思ったら、なんだか嬉しくなってくる。


「まぁできれば早く帰ってきてほしいですけど……」


「早くって、今すぐに?」


「い、いえいえそんなに早くなくてもいいですよ! 朱里さんだって考えがあってここに引っ越してきたわけですし、朱里さんには告白の回答を待ってもらってたので一か月とかでも僕は待てますから……」


 いや、本心を言えば今すぐにでも帰ってきてほしいと思っているのだが、さすがにそこまでわがままは言えない。


「えっ? 一か月も私ここにいないよ?」


「え?」


 きょとんとした表情を浮かべる朱里さん。

 

 どこか会話がうまくかみ合っていないような気がする……。

 その違和感は、朱里さんの発言によってすぐに明らかとなった。



「私元から、明日で帰る予定だよ?」



「…………」


 やはり俺と朱里さんはすれ違っていた。

 つまりこれは俺が先走って勝手に引っ越してしまったと勘違いしてただけだったってことか……納得したくはないが、納得せざるを得ない。


 だがまだ腑に落ちないことがある。


「じゃ、じゃあなんで僕に何も言わなかったんですか? 朱里さん前に半日出かけるだけで僕に直接報告しに来てたじゃないですか」


「わ、私も報告して少しの間だけどさよならのチューくらいはしようと思ってたんだよ? でも真澄が『私が言っておくね』って言ってきかなかったから……」


「……なるほど、そういうことか」


 これで納得がいった。

 全部あの人思惑通りだったってわけか。


 案外あっさりと黒幕が発覚。

 

 するとその黒幕本人からメールが届いた。

 会話の途中だが、明らかにタイミングがタイミングなので朱里さんに断りを入れてメールを確認する。


『私、朱里が引っ越すなんて言ってないよね?』


 やられた。してやられた。

 しかし、真澄さんに対する怒りの感情とかは沸いてこない。


 何せこれをきっかけに最高のハッピーエンドを迎えられたのだから。


 それにしてもこのタイミングで送ってくるということは……きっとどこかで見てるな。

 そう思いきょろきょろとあたりを見渡す。


「どうしたの直哉君? 急に辺りをきょろきょろしちゃって。大丈夫だよ? 私はここにいるよ? 何ならハグしてあげようか?」


「いえそれは今はいいです」


「……むぅー‼」


 すねる朱里さんをいつも通り軽くあしらって、もう一度しっかりと真澄さんの姿を探すが、どこにも見当たらない。


 そこでふと、スマホの画面を見たときに不思議に思ったことが引っかかった。

 まさか……。


 もう一度スマホの画面を開く。

 そして開いてすぐのロック画面を、朱里さんに見せた。


「朱里さん。これって通話状態になってますか?」


「……なってるね。真澄……じゃんこれ」


 ……謎が解決した。


 思えば駅について朱里さんの居場所を聞いた時から、電話を切り忘れていたような気がする。

 あの時は朱里さんに会うことだけしか考えていなかったので、全く切ることに意識が向いていなかった。


 ってことは最初から通話がオンになっていたってことか。

 だからつまり、真澄さんには最初から全部聞かれてたってこと……。

 

 それに気づいた瞬間、羞恥心が膨れ上がって一気にはじけた。


「うわぁぁぁぁ‼」


「ちょ直哉君⁈ そ、そんなに叫ばないで⁈ よし分かった。これは赤ん坊をあやす感じで、ハグで応急処置だ!」


 朱里さんに抱き着かれる。

 そしてようやく我に返ったところで、スマホから笑い声と、一言だけ聞こえてきた。



『ごちそうさまです』



 そしてプツンと通話が切れる。


 俺はもう一度羞恥心のあまり叫んでしまった。

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