第36話 シンプルイズベスト
「はぁ、はぁ、はぁ……」
日ごろの運動不足を後悔する。
この無駄にごつい体は全く役に立たない。ただ重いだけ。
さらに疲労が出てきているせいかよりそんな体が重く感じて、汗が止まらない。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
今すぐにあの公園に行かないと。
ここを曲がってまっすぐに進めばあの公園が見える。
あの公園は整備されてないから木が生い茂っていて、まるで森の中にあるような感じ。
だからちゃんと公園の中に入らないと、あの二人に何があったのかわからない。
「くそっ! 不便だな!」
確かに秘境の場所なんだが、それと同時に人気が少ないから危ないとも思っていた。
だからきっと、あの二人が危ない目に……。
そう思ったら、さらに走る速度が上がっていった。
全速力で走って、公園に駆け込む。
「どうした!」とすぐに叫びたかったのだが、息が切れすぎて声が出ない。
だから俺は状況を確認しようと、顔を上げた。
——しかし、そこには玲央と渚しかいなかった。
「渚! お前が好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
「……私も好きです! よろしくお願いします!」
その言葉が、しんと静まり返った公園内に響く。
俺にもその言葉が聞こえてきて、そして脳内を無に変えた。
少し涙ぐんでいる渚と、照れくさそうに耳を真っ赤に染めている玲央。
あれ? 全然危機的状況じゃない……。
息が整ってもしばらくは何も言えないで二人の姿だけを見ることしかできなかった。
少したって、落ち着いた二人が俺の方に視線を向ける。
「遅かったゾ。どんだけ待ったと思ってんだよ」
「ほんと遅いですよ……って、玲央先輩も先輩を呼んでたんですか⁈」
「いやいやお前こそ呼んでたのかよ!」
「ってことはどっちも考えてることは一緒だったんですね」
「ふっ……幼馴染だな」
「えへへ」
仲睦まじい様子で俺を見ながら言葉を交わす二人。
俺だけが取り残されていて、状況を全く理解できなかった。
「マジで、どういうこと?」
ついに振り絞って出てきた言葉。
しかし俺の言葉に二人は心底楽しそうに笑い始めた。
「サプライズってやつだゾ! ふはははははは‼」
「善意を利用してすみません。でも、さすが先輩だなって思いましたよ」
「えっ? サプライズ?」
ひとまず二人に何もなかったから安心なのだが……俺の前でしれっと告白が成功して二人は恋人になってるし、玲央はサプライズとか言ってるし……もうわけがわからない。
きょとんとした表情を浮かべる俺を見かねた玲央が、ようやく真実を語り始めた。
「実はな、お前が『恋がわからない』って言うから実際に告白するところを見せてわからせてやりたいと思ったんだよ。きっと感じることがあるだろうなと思って」
「私も同じ理由で、恥ずかしいですけど先輩に見せようと思ったんです」
「えっでも渚からは……」
「私、ちゃんと送りましたよ?」
急いでスマホを確認する。
玲央の少し後に、渚から確かにメールが来ていた。
メールを見る余裕もなく駆けだしてきたもんだから、全く気が付かなかった。
「それに、俺言っただろ? 『ちゃんと見てろよ』って」
確かに玲央から相談というか、決意を聞かされたときにそんな言葉を聞いた記憶がある。
そういうことだったのか……。
今ようやく納得がいった。
「言葉だけじゃ伝わらないこともあると思うので、やっぱり見てもらった方が良いと思ったんです」
「俺も同感だゾ。そろそろ気づけってんだい体と心逆転少年ッ!」
「変なあだ名付けるなよ。でも……ありがとな。走ったから熱くなってるのかもしれないけど、二人の告白聞いてなんだか胸が熱い」
「それが、恋ってやつさどへぇっ‼」
「カッコつけないでください恥ずかしい!」
「い、いたいよ渚……それが彼女のすることか……」
「私は拳で語るタイプらしいので」
俺の方もぎろっとにらまれた。
玲央だけで勘弁してほしいものだ。
「二人とも、おめでとう。これをほんとは最初に言わなきゃいけなかったんだけどさ」
「ありがとよ! でももう一つ言いたいことがある」
地面で倒れていた玲央は起き上がって、身だしなみを整える。
そして最高の決め顔で、ビシッと俺の方を指さした。
「次は、お前の番だぜ」
玲央の言葉が、燃え盛る炎をさらに大きく燃え上がらせ、胸をさらに熱くさせる。
二人が告白しているのを見て感じたこの感情が、決して心から離れないようにと焼き付いた。
「これは、男と男の約束だ」
玲央は普段黒歴史確定な言葉を言うが、状況が良ければ最高に輝く。
まさに今一番その言葉が俺の中で輝いていて、素直にカッコいいなと思った。
やはり俺は、いい友人を持ったと思う。
「男なら、慎重にいかずに大胆に、だ!」
「玲央先輩は大胆すぎるんですよ。恋愛には奥手ですけど」
「な……それは渚だって」
「あ?」
「す、すみましぇん……」
二人のいつものやり取り。
しかしさっきの告白を見た俺には、一つ一つの視線、声、表情に愛がこもっているように感じた。
これが朱里さんの言っていた、付き合うということ。
また更に、胸がじーんと熱くなった。
「二人とも、ほんとおめでとう」
「ありがとうございます!」
「サンキューでぇーす!」
おめでとうだけじゃ伝わらない、今の気持ち。
俺はそれを最も早く、そして一番伝わりやすい言葉で伝えた。
「ほんと、ありがとう」
シンプルかつ大胆でいいという二人の言葉。
それが正しいんだということを、二人に証明してもらった。
今度は俺が実行する番。
そろそろこの未確定な気持ちにも、決着をつけよう。
俺のたった二人の最高の友人に背中を押され、俺はようやく前へ進み始めた。
この気持ち、明らかにしよう——
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