第5話冷酷姫との初夜
「――ゴホッゴホッ。いきなり何を言い出すんだよ」
すると、また黒瀬は涙を目に浮かべた。
「だって、毎晩、怖くて仕方ないんだもん」
黒瀬は鼻をすすりながら子供のようなことを言い始めた。
そんな様子は俺は見てられなかった。
「分かったよ......今日だけな?」
「ありがとう!」
少しだけ赤く腫れた目元は嬉しそうに薄く広がっていて、いつの間にか見とれてしまう魔力を秘めていた。
俺は一旦家に戻って、お風呂に入ってから再度黒瀬の家に出かけた。今日は金曜日で一応週末課題が出ていたのでそちらも携える。
インターホンを鳴らすと黒瀬の声はすぐに帰ってきた。
『はーい!』
無機質な電子音だけど冷酷姫の影もない底抜けに明るい声に俺は頬を緩める。
「いらっしゃい!」
黒瀬のいらっしゃいはもう二度と聞くことはないと思っていたが、予想に反して一日のうちに二回も聞くことになるとは......
俺は招かれるままに玄関をくぐるとフワッといい匂いが俺の鼻の中を通り抜けて行って脳を刺激する。
まだ濡れた黒瀬の髪や、少しダボッとしたパジャマ姿は幼さと大人っぽさを両方秘めていて、艶めかしかった。
「それじゃあ......どうしよっか?」
「あ、それなら週末課題を持ってきてるんだ。一緒にやるか?」
「うんっ」
そうして二人分の勉強道具が机の上に出されてカリカリと紙の上をペンが走る音だけになる。
俺は授業を聞いてればある程度できる方なので、そんなに難しくないこの課題はスラスラと進めることが出来た 。
一方で黒瀬は少し困っているようでペンが止まっていた。
「どっか分からないところがあるのか?」
「あ〜うん。良ければ教えてくれないかな?」
俺が教えると黒瀬は物覚えがいいようですらすらと解き始めた。
俺はその後も集中して取り組んで、時々飛んでくる質問にも対応しながら三十分くらいで終わらせることが出来た。
まだ、黒瀬は苦戦しているようで、首を傾げているところが何回か見られた。
俺は少しだけ慣れたキッチンに立ってコップを二つ取り出して、麦茶を注ぐ。
それをテーブルまで持って行って一つを黒瀬の前に、もう一つを俺の前に置いた。
黒瀬も、あと一、二問で終わりそうという所まで行っていたので、集中を途切れさせないようにできるだけ音を出さず椅子に座った。
「ありがとっ!」
黒瀬も宿題を終えたようで俺が机に麦茶を置くとしっかりとお礼を述べてくれる。
「ん」
俺は音になっているかすら怪しい発音で返答する。
「なあ、黒瀬ってやっぱ授業中、眠くて授業聞けてないのか?」
「うん......まあね。眠気は凄いのに、眠るのが怖くてほとんど授業に集中出来ないんだよね」
「それじゃあ、そろそろ、寝るか?」
「う、うん、そうだね、寝ようか」
そう言った瞬間二人ともガチガチに固くなってしまったように会話が続かなくなってしまった。
「先入っていいよ」
「......うん」
「電気消すか?」
「......そうだね」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
俺は黒瀬とものすごく近くで寝ているという状況にドギマギしながら目を閉じる。
それでも一向に眠気が押し寄せて来そうな感じはなくて、ただ黒瀬が隣で寝ている状況をこれでもかと感じさせる。
「ねえ、起きてる?」
黒瀬も寝れないのか、声をかけてきた。
「起きてるよ、ていうかこの状況で寝れる自信が無い」
思っていることをそのまま伝えた。
すると黒瀬がふふっと笑う声がする。
「私も。緊張しちゃって寝れないな」
「なんか、なんでもいいから眠くなるまで話そっか」
「うん」
俺たちは眠くまるまで色んな話をした。これまでどんながあったとか。楽しいことや悲しいこと、苦い思い出や恋バナ。恋バナなんてした時には黒瀬はそれこそ女子高生っぽく食いついて来てしまっていた。
だけど段々と眠気は大きくなってきていて、俺の隣で寝る彼女は既に寝息を立てていた。
俺は一定のリズムが刻まれた彼女の寝息を聞きながら目を閉じた。
◇◆◇
「うう」
俺はそんな呻き声を耳にして意識が戻ってくるのを感じた。目を開くと知らない天井が目に飛び込んできた。
俺は呻き声がした方向に目を向けるとそこには黒瀬が寝ている。
暗くて顔色はよく確認出来なかったけど、眉間に寄った皺から、辛さをもの語っている。
俺はこれまで二度そうしたように手を繋いだ。
すると段々、呻き声が無くなって、暗さに慣れてきた視界には顔色も良くなってきた黒瀬が映る。
呼吸のリズムも段々と静かになって、俺は少し安心を露わにして彼女の手を握り続けながらまた目を閉じた。
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