第2話崩れ去っていくもの

 彼の家から出て、とにかく走った。


 涙は止まらなくて、頬を常に濡らしていた。


 道行く人に視線を向けられているけど、そんなのは気にならなくて、太陽の暖かさを感じる事が出来ないほど身体の芯が凍って行くような感じがした。


 段々と息が上がってきた。


 それでも、足は止めたくなかった。


 気を紛らわしたかった。


 でも、自分の家はすぐそこにあって私は足を止めざるを得なくなった。

 自分の部屋のドアを開けると、靴が一足も出ていない綺麗な玄関が出迎えてくれる。


 私は適当に靴を脱いで手を洗うこともぜずに自らのベッドにダイブした。


 何も考えたくない。


 それなのに、私の脳裏に浮かぶのは彼の顔だ。


 私に告白してきてくれた人は嫌という程いたのに、彼は私にはなびかなかった。


 要らないものは溢れて出てくるのに、どうして必要な時には手から零れていくの......


 悔しくて。


 かなしくて。


 寂しくて。


 辛くて。



 ――それでも、いとおしい。


 一度止まりかけていた涙は、その粒をさらに大きくさせて溢れてくる。


 どうして......


 私には何が足りないの......


 押し寄せてくる感情の波は理性というものを容易く壊した。

 私は泣き叫んで、少しの破壊衝動に身を委ねてしまった。

 私の部屋だけは元のように戻って汚部屋となっていた。

 段々と落ち着いてくると、自分をあざけった。


 子供だなと。

 自分一人では生活さえ出来ないんだなと。

 結局、誰かに寄りかかってないと、ダメな人間なんだなって。


 そして、私が唯一積み上げることのできた、彼との友情。

 それが音を立てて崩れていくような気がした。


 大切なもの。大切な関係。

 それを全て失ったかのような空虚感が今更押し寄せてくる。

 何も残っていなかった私にはそれがとっても辛かった。

 私の心は崩れたものを無理やり積んで、ぽっかりと空いた穴を埋めるので精一杯で、次々と押し寄せる様々な感情の波を制御することは出来なかった。

 そして、忘れられるはずもないのに、忘れたくてベッドにその身を投じた。



 ◇◆◇


 小さい頃の私だ。

 今とは違って長い髪の毛をしていて、顔には笑顔が浮かんでいる。

 そして、私の隣には黒くシルエットになっている男の子がいる。

 何を話しているかは聞こえないけれどとても楽しそうに話している。

 でも、その子がいなくなると私はキョロキョロとし始めて、一人で行く宛てもなさそうに右往左往としていた。

 少しすると私はどんどん大きくなって行って今程の大きさになった。

 そして出てきたのは、

 私はその彼の背中をずっと追うようにしていたけれど、やがて追いつけなくなって、離れていってしまった。


 この私は今の私とほぼ同じ状態。

 ありとあらゆるものを失った。


 そして、私はこれからを未来を示唆するものが出てくるんじゃないかと、怖くなった。


 見たくなくて目を閉じているはずなのに、映像は流れ続けた。


 様々な男性が私に話しかけてきていた。

 私はその人達をまるで相手にしていなくて、常に一人。そういう状況だった。


 私は、こんな道を歩むのかなぁ。

 誰も信じられなくなって、そもそも関係を持たなくなる。

 いずれ、全て崩れ去って私の手から離れていってしまうから。

 なら、最初から何もない方がマシだ。



 ◇◆◇



 意外にも悪夢は見なかった。

 私の頭の中では昔の事よりも昨日の事の方が大事なんだろう。

 私は遅刻ギリギリで、彼と時間が被らないように家を出た。

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