第7話涼音と海へ
夏休みが始まってから四日。
俺の宿題の山はほとんど無くなっていた。
涼音はもう既に帰ってしまったけど、達成感を求める俺がどこかにいて、その気持ちが俺を机に向かわせている。
あと三問......二問......一問......
「終わったぁぁ!!」
背もたれに思いっきり体重をかけて身体を伸ばす。
同時に眠気も襲って来たけど、俺の大部分を支配するのは、宿題を七月にして終えたという達成感だった。
そのままあっさりと片付けると、達成感が失われてしまうような気がして、机の上にプリントとテキストを放置したままにした。
興奮して火照った身体を冷ますようにベランダに出る。
夜だと言うのにまだ暑い気温。
でも、時々吹く風は涼しくて、俺の眠気を増幅させた。
かれこれ二時間ぶっ通しでやっていたのだ。
少しだと思って取り組んで二時間もかかると思っていなかった......
すると、祝福するかのように街灯に光が灯った。
中にはプツプツと点滅を繰り返しているものもあって、それを理由もなくじっと見ていた。
オレンジ色っぽい街灯の光が道行く歩行者を照らす。
社会人の疲れた顔を見ていると社会の醜い所を見ているような気がして、段々と高ぶった心も落ち着きを見せてきていた。
◇◆◇
「お邪魔しまーす!」
「はいよ」
当然の如く俺の家に上がって来た涼音。
涼音は早速椅子に座って勉強道具を出し始めている。
「涼音......宿題終わった」
「へ?昨日終わった時は少し残ってなかった?」
「涼音が帰ってから少しだけやった」
涼音は呆けた顔をしながら、言葉にならないリアクションを取っている。
「私の部屋に来てないじゃん!!」
「そこ!?」
思わず突っ込んでしまった。
普通なら宿題が終わったことに言及するよな......
思わぬ変化球に困惑しながらも手持ち無沙汰になってしまった時間をどうしようかと考える。
「司は寛いででいいよ。私ももうすぐ終わるし」
そんなにすぐ終わるなら、今日やる必要あったか?と思ってしまう。
涼音に言われた通りに寛いでスマホを弄って約三十分。
「終わった!」
「お疲れさま〜」
「司!夏休みの予定立てるよ!」
もう少し宿題が終わった余韻に浸るのかと思ったが、涼音にはそんなことよりも夏休みの予定の方が大事な事みたいだ......
俺はやっと暇な時間が終わって、少し気分を弾ませながら二人で夏休みの予定を立てた。
◇◆◇
今日は涼音と海に行く。
天気はよく晴れていて、強い日差しがこれでもかと俺を照りつけている。
「あちぃ......」
服の襟をつまんで、風を生み出すように上下に動かす。
俺の顔に当たる風は
段々と憂鬱にさせてくる暑さは早く海に行きたいという気持ちを大きくさせた。
「司〜」
涼音が小走りで手を振りながら、近づいてくる。
その様子は周りの注目を集めていて、その視線はやがて俺に向かって来ていた。
「おはよ。そ、その服、似合ってるよ」
涼音は黒のレースのショートパンツに白のオフショルブラウスという格好だ。
すらりと伸びた白く細い足から、スタイルがいいことは容易に想像できた。
この後に涼音の水着姿を見れるということに少しだけ優越感を覚えた。
「ありがと......ほんとに似合ってる?自信ないんだけど......」
「ほんとに似合ってるって。なんか、大人っぽいって言うか......」
「なら良かった......何時間選ぶのにかかったことか......なんなら水着買うのより時間かかったんだよ?」
「それは長すぎだろ......それじゃあ行こうぜ」
「うんっ!」
俺たちは改札を通って電車に乗り込んだ。
夏休みという事は大きいようで学生くらいの人も多く居た。
「涼しいね」
周りに気を使って声のボリュームを落とした涼音の声は、普段とは違った良さがあった。
「そうだな、まあクーラーかかってるから当然っちゃあ当然だけどな」
「そういうこと言わない」
涼音は俺の脇腹にチョップを入れて少しだけ拗ねたような声音を出す。
少しだけ子供っぽくなった声と表情に俺は頬を緩ませる。
「何笑ってるのっ」
また、涼音はチョップを入れてきた。でも痛くはない。
段々と人が多くなってきて、俺と涼音の距離は肩が触れ合うくらいの距離になってくる。
乗ってくる人のほとんどは私服でサラリーマンの社会人の方が少なく見える。
涼音の方に目線を動かすと、少しだけ頬を赤く染めて、吊革の代わりに俺の服を掴んでいた。
小動物感が強くて不覚にも可愛いと思ってしまった。
「思ったよりも人でいっぱいだったね......」
「そうだな......電車でここまで酔いそうになるとは思ってなかった」
結局電車内は人でいっぱいになって、それは人混みに酔うレベルのものだった。
「次はバスだよ......」
悪い未来を想像しながら俺達はバスターミナルへ向かった。
「あれ?案外人いないね」
バスが出ていった後なのだうか。
列には数人しか並んでいなかった。
「ほんとに暑っついね......」
そう言いながら涼音はバッグの中を漁り始める。
そして、涼音のバッグからはうちわが出てきた。
「扇いでくれる?」
「誰が扇ぐか」
涼音は何が面白いのか笑っている。
そして、やっとバスが来た。
俺たちの後ろにはいつの間にか長い列が出来ていた。
「座れて良かったね」
「本当に良かった......」
そして、程なくしてバスが出始める。
バスに揺られること十分。
太平洋の青く広い海が現れた。
「海だぁ......」
涼音は通路側から見入るように窓の外の景色を見ていて、俺は涼音との距離の近さに驚いて、外に目線を外した。
バス停で降りるとそこには白い砂浜に青い海が広がっていた。
既にサーフィンとかをしている地元の人も多く、年甲斐もなく興奮が抑えられなくなって走って砂浜へ向かっていった。
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