第6話共に過ごす放課後

無言の時間が長く気まずい空気が流れる。

周りの歩行者達が奇異なものを見るような感じで、視線も多い。


漕いでる間はまだ大丈夫なのだが、信号で止まったりすると、それが顕著に表れる。


「ねえ、司。なんかすごい視線集めてない......」

「うん、そう思う。まじで恥ずかしい」


早く信号が青になれと願いながら、あちこちに視線を振る。

目が合った人はすぐに俺から目を逸らして、そっぽを向く。


視線をそらされるといけないことをしているような気分になってきて居心地が悪い。


「なんか、いけないことをしてるみたいだね......」


涼音も同じようなことを感じていたようだ。


「まあ、実際やったらいけないことなんだけどな......」


だけどそんなことは一笑に付して、自転車を漕ぎ始めた。




「歩いて来るのとは段違いに楽だね」

「俺は普段の二倍疲れたけどな......」


最初は楽そうとは思っていたが、部活もやってなくて体力なんて塵ほどしかない俺は疲労を感じていた。


足は持久走が終わった後みたいな重さがあって、鉛が足についているようだ。


階段を登るのすら億劫だ。

でも、登らなければ部屋にも帰れないので、重い腰を上げて階段を登り出す。

鉄製の階段の頼りなさげな音を聞きながら手すりに体重を預けて登る。

涼音はさっさと俺を追い抜いて部屋の前で待っている。


「つかさ〜!早く!」

「急かすなよ......」


俺は鞄の中から家の鍵を取り出して玄関を開けた。


「お邪魔しまーす!」


涼音は靴を脱ぎ捨て、リビングへと足を進める。

彼女のローファーのかかとを揃えて、彼女について行く。


「家に帰って誰もいないって自由でいいなぁ〜」

「そうでもないぞ。案外寂しい時だってあるし」

「寂しいのか〜私が家に居てあげるよ?」

「はいはい。さっさと宿題やるんだろ。やろうぜ」


涼音は不満そうに口を膨らませて声を上げる。


「むぅ〜司のくせに」


口ではそう言っているが涼音もバッグの中から宿題を出し始めている。

その中には俺が既に終わらせた宿題がいくつか含まれていた。


「涼音、まだ数学終わってないのかよ〜」

「事前に配られた宿題云々でマウント取らないでくれる!?司だって英語終わってないじゃん!」


そんなマウントの取り合いで始まった勉強会は数分後には静かになっていた。



◇◆◇



カリカリとペンを走らせる。

時々彼の事が気になって、目線だけそちらに向けると、気難しそうに英語の問題と向き合っている彼の真剣な表情。

少しだけ大きく心臓が鳴る。

こんな気持ちになるなんて出会った頃は思いもしなかった。


だって、彼はの友達だっただけ。

でも、今は違う。


私の想い人。


胸がキュッと引き締められる。


この横顔も、私のものにしてしまいたい。


そんな独占欲っぽいものが私の中で生まれる。


そして二人きりという同じ空間を共有していることで、それが満たされて幸福感のようなものを感じていた。


「涼音?手止まってるぞ?」

「え、あ、うん。ぼーっとしてた」


いきなり声をかけられた私の反応はたどたどしい。


「まあ、もう五時だからな......そろそろ休憩するか?」

「うんっ!」


司は走らせていたペンを止めて、マグカップに入っている麦茶を飲む。

一連の動作に目を奪われてしまっている私は随分と司の事が好きになってしまっているっぽい。


風季が好きだと近づいて、いつの間にか司の方を好きになってしまっていた。その事実が私の羞恥心を苛む。

彼の顔も見れなくなりそうで私は今日の学校で一日中抱えていた疑問を司に聞いた。


「ねぇ、花音ちゃんと何かあったの?」


今日一日、花音ちゃんの周りには最近の日課のようにたくさんの人だかりが出来ていた。


その時は笑顔だったし、あんな怖い事があったけど、快復してくれたんだなと思ってた。

だけど、司と話してる時だけ、笑顔が少しだけぎこちなく思えて、司にそれを問いかけた。


「......告白された」


告白。その二文字を聞いて少しだけ焦った。

二人が恋仲になってる可能性は十分に高いなと思う。


それで関係がぎこちないなんてよくある話だ。


「それで......OKしたの?」

「......ううん。断った」


花音ちゃんには申し訳ないけど、正直、嬉しかった。


私にもチャンスが残っている事が分かって、鼓動がどんどん早くなって私を奮い立たせる。


「この話やめようぜ......もう十分経ってるし」

「そうだねっ!」


私の高ぶる気持ちは勉強の効率をとんでもなく上げて一時間で、かなりの数の宿題を終わらせた。



◇◆◇



「駅まで送るよ」


そう言って俺は涼音と家を出てまだ明るさを見せるこの街の歩く。

住宅街を歩いていると様々な料理の匂いがする。

この匂いに俺のお腹も刺激されて増幅する空腹感。


「いい匂いだなぁ」

「そうだね、お腹減っちゃうよ」

「夜ご飯も一緒に出すべきだったか?」

「ううん、お母さんが用意してるから大丈夫だよ」


楽しい時間は一瞬でもうすぐ駅に着いてしまいそうだ。

太陽はさっきよりも陰りを見していて、世界を朱色に照らす。


「司、ここまででいいよ。ありがとっ!」

「おう、じゃあな」

「うん!また明日!」


また明日か......


その言葉に俺は頬を緩ませて、涼音を笑顔で見送った。

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