第8話彼女はカナヅチ

海では既にサーフィンとかをしている地元の人も多く、磯の香りが俺の鼻を通っていく。

年甲斐もなく興奮が抑えられなくなって走って砂浜へ向かった。


砂浜に足を踏み入れると、靴底の裏からその暑さがじりじりと伝わってくるようだった。


「熱いねえ~」

「マジでこの暑さどうにかなんねぇの?」


裸足で砂浜を歩いている人が信じられなくなってくる。


「それじゃあさっそく着替えて海に入ろ!!」

「おう」


俺たちはそれぞれ分かれて更衣室に入っていった。



◇◆◇



更衣室に入って服を脱ぐ。

あまり自分の体には自信がないけど、人並みに胸はあると思うし、スタイルもいい方だと思う。

花音ちゃんには負けるけど......


今日の為に思い切って買ってみたハイネックビキニを着る。


――司はどう思ってくれるかな......


鏡に映った自分を見る。

自分を客観視できなくて、段々と自信を失っていく気がした。


司のもとにこれで行くのは恥ずかしい。

そんな考えがぽっと浮かぶ。


私は一応の為に持ってきていたラッシュガードを身にまとって更衣室を出た。



◇◆◇



「おまたせ〜」


声がした方向に目を向けるとラッシュガードを着た涼音が出てきた。

少しだけ心の中で残念には思ったけど、日焼けとかを気にしているのだろう。

ただ、魅力が無いわけじゃなくて、白く長い足は惜しげも無く露になっていて、大衆の目を集めていた。

何か感想を言わなければと、思い捻り出そうとする。


「そ、その、足、綺麗だな......」


俺がただの変態に成り下がった瞬間になるはずだった。


「あ、ありがとう......」


意外にも涼音は顔を赤らめて、照れていた。

間違いなく罵られると確信していた俺は、あっけらかんとしてしまう。


「パラソルでも借りに行こうよっ」

「あ、ああ」


先を行く涼音の後ろをついて行く。

すいすいと進んでいく涼音の身体は軽そうで砂なんて関係なさそうだった。

俺は砂に足を取られて、普段の三倍は身体が疲労しているように重く、運動しないとなと思わせられた。


シートを引いてパラソルを立てても防げるのは日差しだけで地面の砂から伝ってくる熱などは抑えきれない。


涼音は足と顔に日焼け止めを塗っていて、隣で座りながらそれが終わるのを待つ。

俺が塗るなんていう展開にならなくて落ち着いている自分と心のどこかでは期待していて、少しだけ落ち込んでいる自分がいた。


それでも、目の前に広がる海の方が俺の気分を高揚させて、今にでも駆けてダイブでもしたい。


「終わったよ!行こ!」


俺よりも先に涼音が走って向かっていく。


「おい先行くなってぇ!」




「んー!冷たい!」


先に行った涼音が気持ちよさそうな声を上げる。

俺も波に足をつけてその冷たさを味わう。


「つめてぇ〜でも気持ちいいな」

「早く入ろっ!って、ちょっと待って」

「ん?どうした?」

「う、浮き輪......欲しいなって?」

「涼音さんはかなづちでしたか〜」

「ッ!?そういう司はどうなの!?」

「俺は小さい頃スイミングスクールに通ってた」


運動は苦手だが小さい頃に水泳だけはやらされた。

あの時間は学校の授業よりも大っ嫌いだった。


涼音の浮き輪の空気を入れないと行けないのでもう一度シートに戻る。

足につく砂は鬱陶しいけれど、裸足で感じるサラサラとした砂の感触は好きだった。


涼音の浮き輪に空気を入れていく。

足で踏むだけで空気が入っていくのは楽であっという間に空気でいっぱいになった。

涼音は浮き輪に身体を通して海に入っていく。

足の届く場所でぷかぷかと浮いて波に揺られている。


「司〜押して!」

「分かったよ......」


俺は泳いで涼音の浮き輪に手をかけてバタ足だけで押していく。

俺の足がギリギリ届かなそうな所まで着くと涼音が手招きしてきた。

ニヤニヤとしていて怪しい雰囲気をだしていて、近づくのを躊躇っていると「司。はやく」と言ってくる。

俺は浮き輪に身体を乗り出して耳を寄せる。


「......こうしてると私達カップルみたいだね」


耳元で優しく囁かれたその言葉は俺の顔に熱を発生させて海の中に顔を引っ込めた。

そして、浮き輪から手を離して涼音から少しずつ離れていく。


「ま、待って!司!私が悪かったから許してぇ!」


その後、助けた時には涼音は涙目になっていた。

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