第9話夕陽と2人
「司ぁ~おいてくなんてひどいよ......」
「ごめんごめん。でも悪いのは涼音だろ」
「それはそうだけど......怖いもんは怖いんだって......」
浅瀬まで来て、涼音は安堵していた。
緊張の糸が切れたように頬を緩ませていた涼音から情けないおなかの音が鳴った。
「つ、司?聞いた......?」
「き、キイテナイヨ」
すると、涼音は顔を赤くして、今度は恥ずかしさで涙を目尻に浮かべていた。
「ば、ばかっ......」
浮き輪を顔の前に持っていって赤くなった頬を見せまいと必死に隠している。
「お昼ご飯食べに行くか?」
「うん......行く」
俺たちは自分たちのシートのところまで戻って、財布を持った。
すると後ろから手を引かれる。
「どうした?食べに行かないのか?」
「......作ってきた」
涼音が出した袋は冷たい。
開けてみるとそこには保冷材とサンドイッチの詰められたタッパーが入っていた。
「おお......うまそう」
「それじゃ、食べよっ」
俺は手をそろえた後、早速たまごとレタスの入ったサンドイッチを口に含む。
甘い卵の味が口いっぱいに広がっていく。
噛むとレタスのしゃきっとした感触が良いアクセントになっていて、俺の幸福感を満たしていく。
「どう?おいしいかな?」
「うん。めちゃめちゃ俺好みの味だよ」
「よかった!たまごが甘いの大丈夫か心配だったんだよ~」
涼音は嬉しそうに口角をあげ目を細めて笑みを浮かべる。
髪の濡れたいつもと違う雰囲気を放つ涼音は俺のだけじゃなく、他の人の視線まで奪っていく。
それほどまでに彼女の笑顔は眩しかった。
俺は次々と口にサンドイッチを放り込んでいく。
どの味もほんとに美味しくて、あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした。まじでうまかった......また食べたい......」
ついポロッと出た言葉だった。
「いつでも作ってあげるわよ......」
「ほ、ほんとに?作ってくれるの!?」
「うん......」
急にまた涼音の料理が食べれる日が待ち遠しくなってくる。
「涼音、これ風季に作ってあげたら、イチコロだなっ!」
「あ、そのことなんだけどね......」
遠慮がちに視線を下げる。
どことなく暗い表情を見せる涼音に俺は身構えてしまう。
「私って、風季の事好きじゃないの」
突然の事に俺は頭が着いてこなくなる。
涼音が風季の事が好きじゃない?何かの冗談じゃ?
「その、冗談だったり......」
「冗談ついて何の意味があるの......」
「じゃあ、俺たちが話し始めた頃のあれって?」
「あの、風季が好きで近づいたってやつ?今はもう変わっちゃった」
蠱惑的な笑みを向けられて、俺は困惑を隠せない。
「はいっ!この話は終わりっ!ラッシュガード暑いなぁ」
困惑している俺に追い討ちをかけるように涼音はラッシュガードのチャックを下ろし始めた。
俺の視線は下ろされるチャックに寄ってしまう。
焦らすようにゆっくりなスピードなのも相まって生唾を飲まされるようだ。
そして、白い肌が露になる。
俺の視線は彼女の身体に釘付けになる。
程よく引き締まったお腹。
そこに小さくあるおへそ。
ハイネックのビキニに隠された二つの双丘。
「そ、そんなにじろじろ見ないでよ......」
「ご、ごめんっ!」
「ふふっ、いいよ。それじゃ海行こっ!!」
そう言って涼音は海に走っていく。
真っ赤に染まった彼女の顔を司が見ることはなかった。
◇◆◇
電車とバスに揺られること一時間と少し。
夕日に照らされながら帰路を共にしていた。
「ごめんね、わざわざ送ってもらっちゃって」
「いいよ、送るのは当然の事だし」
司は傾いて低くなった太陽の方に視線を向ける。
朱色の光に照らされた彼の物憂げな横顔は私の心臓の音を大きくさせる。
「今日楽しかった?」
「めちゃめちゃ楽しかった。また機会があったら遊びに行こうな」
「もちろんっ!」
『また』という二文字だけで私は嬉しくなる。
彼に対して好きという気持ちを伝えれないのは辛いけど、この『また』が私にチャンスを与えてくれるような気がする。
だからその機会を待ちたい。
多分その機会は今じゃないような気がした。
「じゃあね!またね!」
「おう、またな」
その言葉の後に私が海でしたように手で招いてくる。
私は耳を寄せる。
「水着、綺麗だった」
「――ッ!?」
彼は走って戻って行ってしまう。
太陽のせいでシルエットしか見えないけれど手を振っているのは分かって私も振り返した。
私の顔は夕日に隠れながら真っ赤に染まっていた
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