第10話冷酷姫との違和感

「ん......おはよう」


俺はわざとらしく目を擦って重そうに身体を起こす。


「おはよう、お風呂先にいただいたわ」


「おう......俺も入ってくるわ......」


俺は自分の部屋に入って下着と寝巻きを手に取り、お風呂へ向かった。

異性のクラスメイトと一つ屋根の下で一糸まとわぬ姿になっている事が恥ずかしく思えてくる。


お風呂の中に入ると浴槽には水が溜まっていて、先程まで黒瀬がこのお湯に浸かっていたのかと考えると、心臓が俺の胸を大きく打つように動き出す。


その考えをなんとかかき消す為にシャワーを出すと、冷水がドバっとかかってきた。


「つめだっ!」


急いでシャワーの射線上から逸れて、温水になるのを待つ。

温水になったのを確認してシャンプーを手に取ろうとすると、そのボトルが増えている事に気づく。


彼女の準備の良さに驚く。

シャンプー、リンスで髪を洗ってボディーソープで身体を洗う。

そして、何も考えないようにして浴槽に入る。


風呂はいつもリラックスするのにいいと思っていたけど、今日だけは別で悶々とした気持ちを抱えながらお湯に浸かっている。


その気持ちのせいか、すぐにのぼせそうになってしまって、すぐにお風呂から出た。


「おかえり、早かったね」


「あ〜うん、そうだな」


あまりにも黒瀬の普通な態度に困惑を隠せない。


まるでこの家で長年連れ添った――じゃなくて、なんであんなに普通なの!?


黒瀬はもうこっちに意識を向けていなくて宿題と向き合っていた。


「わかるか?」


するとムッとした表情を黒瀬は向けてくる。


「分かるわよ」


「さいですか......」


俺はソファに座って黒瀬が宿題をする様を眺めていた。

彼女が勉強しているだけで絵のように美しく見える。


「その、見られているとやりずらいんだけど......」


「ああ、ごめん」


俺はする事がなくなってしまってどこに焦点を合わせるでもなく、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

そして、視線は黒瀬に吸い込まれていくようにまた見つめてしまう。


すると今度は黒瀬はこちらに助けを求めるような視線を向けていた。


「ど、どうかしたか?」


「そ、そのこの問題を教えてもらえない?」


俺は彼女のもとに寄るとその匂いを周囲に纏っているかのようにフローラルな香りが俺の鼻に届く。


風呂上がりなのもあってか、その匂いはとっても強くて、陶酔しそうになってしまう。


「あの......」


「ああ、ごめん。ここは平方完成を使えれば解けるよ。やってみて」


「う、うん。分かった」


俺は彼女の匂いが届かない所まで退いて、傍観する。


「できたっ!」


そうして、笑顔を浮かべる彼女にはあどけなさが残っていて、つられるようにして、俺も顔に笑顔をうかべる。


「お疲れ様」


「あ、ありがとう......その、そろそろ寝てもいい?」


時間を見ると十一時になりそうといったくらいの時間であった。

高校生にしては早いが、たまには早く寝るのもいいかと思った。


「そうしよっか。歯磨きしてくるね」


「私も行く」


後ろをついてくる彼女の手にはコップと歯ブラシが握られていた。


「ほんとに準備いいな」


「一応ね。足りないものがあったら借りるわね」


「分かった」


洗面台で歯ブラシを軽く濡らして、歯磨き粉を付ける。そして黒瀬にそこを譲ると彼女は一瞬硬直した。


「あの、歯磨き粉忘れちゃった......」


「うちので良ければ使っていいよ」


「ありがとう......」


戸惑いをみせる黒瀬の表情は初めて見たもので、その表情を見て可愛いと思ってしまう自分がいた。

歯磨きをし終えて、彼女を俺の部屋に招き入れる。


俺は前の経験を活かして、彼女を奥に入れて俺が手前に寝るようにする。

そして、俺たちはまるで新婚の夫婦かのように手を繋いで電気を消した。


「おやすみなさい」


「おう、おやすみ」



◇◆◇



意識が手放せない。


布団に入って一時間は経っているのに、全く寝付けそうにない。

さっき昼寝をしてしまったのも大きいし、何よりベッドが小さい。


俺のベッドはシングルで、二人が寝るようには作られていない。


要はめちゃめちゃ近いのだ。

ずっといい匂いがするし、時々当たる身体は女の子特有の柔らかさを持っているし、そしてなんであんな絡ませるような手の繋ぎ方をしてしまったんだ......


彼女の指一本一本はとっても細くて長い。

それが俺の手の甲を覆うように伸びている。


これで意識しないのは無理な話で、ましてやこんな状態で思春期の男が寝れるわけもなかった。


黒瀬は俺の事なんてまるで意識してないようで幸せそうにスヤスヤと寝息を立てている。


それが、俺は少しだけ悔しかった。

男として全く意識されていないことが。


でも、俺には襲う勇気なんてないし、母親が目の前で壊れて行くような様を見てきた彼女を無理やり襲うなんて事は絶対にしたくない。


俺はその意思を改めて強く固めて羊を一匹ずつ頭の中で数え始めた。

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