第9話冷酷姫と気まずい空間

部屋にはカランカランと時々スプーンが食器を叩く音が鳴り響く。声を出すのも憚られるような静かさは自分の家のものとは思えなかった。


味をあまり感じないカレーを口に流し込んで少しだけ噛んで飲み込んだ。

黒瀬は遠慮しているのかちびちびと小さな口で少しずつ食べている。


「俺、食器洗ってくるから少し遅くなるぞ」


「うん」


俺はそう告げて先程見なかった事にした食器と向き合う。

多すぎるとどこから手をつければいいか分からなくなって、適当に積まれた一番上の物から進めて行った。


水の出る音、食器と食器がぶつかって出る金属音、石鹸の泡が出す、シュワっとした音。

こっちの方が騒音が多くて少しだけ安心した。


冷酷姫状態の黒瀬といると息が詰まるようで、何を話したらいいか分からなくなってしまう。

テレビでもつければ良かったのだが、運悪くリモコンが見つからなかった。


ただひたすらにスポンジで磨いて洗うを繰り返していると黒瀬が食器を持って戻ってきていた。


「私が洗う」


「いや、いいよ。お客さんにやらせるのは気が引ける」


「一週間もいて、何もしない方が気が引けるからソファにでも座ってて」


キッチンから追い出されたので、リビングに足を向かわせる。


窓の外を見ると一等星が光っていて、一つの大きな三角形を象っている。

もう夏なんだなぁと思わせながら網戸から吹き込んでくる涼しい風は少しだけ早まっていた鼓動を落ち着かせるようで、緊張感が段々と抜けてきて普段のようにソファに身体を横たわらせた。


自分の部屋に親と風季以外の人間がいるということに実感が湧かなかったけど、水の音と食器がぶつかる音がその存在を誇示してくるようで、程良い雑音に身を預けて俺はまぶたを閉じた。



◇◆◇



俺を照りつける日差しは強くて、夏だと伝えてくる。


俺は橋の上に立っていてその橋の下には川が伸びている。


その川は一直線に伸びていて、水平線が見える程だった。


上流の方に見える空は雲がある訳でもないのに青くなくて白かった。


でも下流の方を見ると川は段々と広がっていて、海のように長い水平線を俺の目に映していた。


そして空は夜のように暗かった。


星が見えるでもなく、ただ暗かった。



◇◆◇



ふと目を覚ますと俺を襲ったのは冷たい風だった。

寝起きの重たい身体を起こして、窓を閉める。


時計を見ると、九時を回っていた。

寝てしまったのはだいたい八時くらいだったので一時間ほど寝ていたということになる。

そしてさっきまではなかったはずの大きなバッグがあった。


俺はそのバッグの中身を覗いてしまった。

その中にあったのは明らかに女子物の着替えとか下着だった。


急いでそのバッグを閉じたが、俺の意識はやっぱりそのバッグに向かってしまう。

俺は無理やり意識を引っぺがすようにソファに飛び込んだ。


すると、廊下とリビングを繋ぐドアが開かれる。


「まだ寝てるのかしら」


スタスタという足音が段々と大きくなって俺の前で止まった。

そして、少し大きな衣擦れの音と共に俺の鼻にいい匂いが広がって脳まで支配されるような感覚を覚える。


うっすらと目を開くと寝巻き姿の黒瀬はしゃがんで俺の顔を覗いていた。


「ほんとに寝てるのかしら?」


心臓がビクッと高鳴る。

すると黒瀬は段々と興味をなくしたようにして、俺の鼻の先をツンっと押してから床に座ってスマホをいじり始めた。


――完全に起きるタイミング見失っちゃった......

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