第8話冷酷姫の来訪
黒瀬は今日、中途半端モードのような微塵の甘さも見せることなく、ただただ冷酷姫だった。
俺もあの後は彼女のオーラに圧倒されて、近づくことさえ出来なかった。
俺はいつものように傾きかけの日の下を自転車を漕いで家に帰る。
家に帰ると不思議な安心感があり、その安心感に体を委ねて制服を着たまま、ソファにもたれる。
疲れているはずなのに俺の体は何もしない事を嫌がるようで、俺の意識は勉強へと向いていき、宿題に手を付け始めた。
しばらくすると、日もいい感じに暮れ始めて、山のシルエットがよく見える。
弱くなった日差しが時間が経過していることを告げるようだった。
すると腹の虫が泣くようにグゥゥと鳴る。
俺は宿題を一旦やめてキッチンに向かう。
シンクに食器が溜まっているのを見てやらなければという気持ちに駆られるが、食欲が勝ってしまい、シンクからは目を背けた。
変に凝ったものを作る気力はなかったので、カレーを作ることにした。
作り置きさえしておけば明日の夜は料理せずに済むカレーは本当に一人暮らしの味方なのだ。
圧力鍋に具材やらを入れて煮始める。
俺にはまた暇な時間が出来てしまって自然と足は机の方向へ向かった。
ソファに腰掛けて机に散らばった勉強道具を片付けるか、それとも先にやるかで思案した後、俺は結局宿題をすることにした。
残っている問題は数問程度だ。
夜中にやる労力を考えたら今やった方がいい気がするという結論に至り、問題に取り掛かる。
最後の方だから難しい問題が多いのではないかとと身構えていたが簡単な問題ものばかりで拍子抜けだった。
俺は散らばった勉強道具を片付けてリュックに入れる。
そのタイミングでインターホンが俺を呼んだ。
「はい?」
『黒瀬です。黒瀬花音』
「お前に家の場所を教えた覚えはないんだが......」
『なんだっけ......橘?って人に聞いたら直ぐに教えてくれたわ』
冷酷姫状態でも喋る時は喋るようだ。
あと、風季。絶対なんか奢らせる。
とりあえず話が通じるなら通してもいいかと思い通した。
ドアを開けるとそこには後ろの街灯に照らされた私服姿の黒瀬の姿があった。
普通のTシャツにデニムだったが、身体のラインが出ていて、とてもスラッとしていてその姿に目を奪われて見入ってしまう。
「入ってもいいかしら......」
「ああ、ごめん、いいよ」
俺は玄関を通してリビングのソファに座らせる。
「今日はどうしたんだ?」
「私がお泊まり出来るような友達を作るまで一緒に寝て欲しい」
「....................」
俺はしっかりその言葉を聞いて何秒か硬直する。
そしてもう一度黒瀬が言ったことを頭の中で反芻した。
「――はぁぁぁ!?」
「いきなり大声出さないでよ......」
「いや、それは無理がある!なんでそういう結論に至る!?」
心の中で期待する気持ちはあったけれど、改めて考えてみるとやっぱりまずいと思ってよく考えずに泊めないという方針で突っ走る。
「だって、今の感じだと私に友達なんてできっこないでしょ」
黒瀬は確信めいたように発言する。
「いや、でも、それは......」
「あなた、今そうしないと、今後ほぼずっと私に付きまとわれる事になるわよ?未来への投資だと思いなさい」
確かに!
ここで、黒瀬に仲のいい友達さえ作らしとけば俺が今後こいつと一緒に寝ることは無くなる。
でも、そう思うと少し寂しくも感じた。
けどそんな感情を抱いてしまった自分が嫌になって了承する。
「分かった。とりあえず今週中は泊めてやる」
そうして俺と黒瀬の不思議な同棲生活が始まりを告げた。
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