第2話冷酷姫の変化

 チャイムが鳴って俺は黒瀬と共に教室に戻ると、まだ誰も帰ってきてはいなかった。


「先に着替えてきちゃえば?」

「うん、そうするねっ」


 口調もさっきとはまるで違う冷酷姫がいる。

 そもそも彼女が冷酷姫と呼ばれている理由はありとあらゆる男子に対して冷酷過ぎるからだ。

 先輩に対しても遠慮はほとんど見せず、バッサリと切り捨てる。

 どんなイケメンでも、彼女にまともに口を聞いてもらった人などいないのだ。これが冷酷の理由。

 姫は単純に可愛いからだ。


 そんなやつが一度寝たら冷酷さの欠片など無くなっていて、柔らかい口調に人当たりの良さそうな表情を浮かべている。

この目でしっかりと見ていたとしても、信じ難い事を目の当たりにしているのは間違いなかった。


 既に黒瀬は女子更衣室に向かって行っているので、教室には俺しか居ないのだが、あの表情は頭から離れなくて幻覚のようにずっと見えているみたいだ。

 俺は早々に着替えを終えて机に突っ伏す。

 すると扉が開く音がして、そちらを向くと笑顔を浮かべた黒瀬が教室に入って来る。

 俺はそれを確認してまた机に寝そべった。

 そうしたらいきなり肩をちょんちょんとつつかれる。


「ねぇねぇ、東條くん?」

「ん、なに?」


 こんな雰囲気を纏った黒瀬は初めてだ。

夢でも見ているようで信じられなかった。


「廊下を歩いてたら、他のクラスの人からすごい目で見られたんだけど、気のせいかな......」


 ――多分それ気の所為じゃないです!!


「多分気のせいだと思うよ」


 俺にそれを指摘する勇気はなかった......


「そっか!ありがとうね!」


 冷酷姫は絶対そんなこと言わないよぉ。

 俺はあまりに肥大化した違和感を抱えながら皆の帰りを待った。



◇◆◇



「おい、司あれはどうなってんだよ」


 体育から帰ってきて黒瀬を一瞥するなり開口一番にこう問いてきた風季。


「俺にも分からん、なんか、あいつが寝たらああなった」


 俺はこう答えるしかなかった......


「寝たらどうしてああなるんだよ。あれじゃただの姫じゃねえか」

「いや、ほんとにそうだから困ってんだよ」


 黒瀬は今完全に注目の的になっていて、皆が困惑を隠せていなかった。

 この噂が伝ったのか他のクラスからも見物客が来るほどになっていた。

 普段とは別の意味で完全に浮いていた黒瀬。

 彼女の影響で体育が終わればすぐにでも帰りのホームルームが始まるはずなのにその気配すら見してくれなかった。

 やっと人の波が引くと、ホームルームが始まり、先生は焦ったように早口で話している。

そのおかげか、ホームルームは五分程で終わった。

 すると、また教室にはたくさんの人が押し寄せて来て、その人達は足並みを揃えて黒瀬の元に歩いていく。

 黒瀬は迷惑そうにすることもなく、至って楽しそうにその人たちを捌いていった。

 何人か告白っぽい事を口にしていたが、普段ならバッサリ切るところもやんわりとしたニュアンスで断っていた。

 断られた方は普段の断り方とのギャップからか自分に気があるんじゃないかと勘違いさえする始末。

 皆その光景を不思議に思っているようで、冷酷姫が冷酷姫じゃなくなったと学年中に噂が流れて行った。


 俺は既に傾きかけた太陽に目を奪われながらうっすらと光る月を視界の端に捉えて自転車置き場へと向かって行った。


 そして、俺は帰路の途中である結論を出した。


 ――あいつ、もしかして多重人格者!?



◇◆◇



 次の日に学校に向かうと昨日は山のように居た観光客も、今日は人一人としていなかった。

 あいつにはまた、冷酷姫の仮面が張り付いているように俺には見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る