冷酷姫は俺の前でだけ安心して眠りにつけるようです

らららんど

1章〜謎に包まれた夢

第1話冷酷姫の邂逅

 ある日の昼下がり、運動が嫌いな俺は校庭の隅でポツンと佇んで皆が和気藹々とサッカーをしている様を眺めていた。


「随分と寂しそうだなぁ、司」

「うっせ、風季。お前はキャーキャー騒がれて良い身分だな」


 このひょろ長イケメンは橘風季たちばなふうき。入学当初から俺にウザ絡みしてくる何かと変なやつだ。


 俺と風季がくだらない口喧嘩をしていると校庭の中央の方から野太い声が聞こえる。


「おい!保健委員はいるか!今すぐ黒瀬を保健室に連れて行ってくれ!」


 体育科の担当の先生が焦ったようにキョロキョロしながら叫んでいた。

 俺はその様子をただ傍観して何食わぬ顔で立ちつくしている。


「おい、保健委員の司さーん?」


 風季が後ろからドンドンと大きな手のひらで叩いてくる。


「そんな奴はしらん」

「そりゃあ無理があるだろ......ほら早く行ってやれよ。の所に」

「わぁーたよ、行ってくりゃいいんだろ」


 俺はそう告げて嫌そうな空気を振り撒きながら先生の所まで駆け足で寄って行く。


「すいません、よく聞こえなくて遅れました」


 よくもこんな飄々とした態度で嘘を吐けるなと自分で思ってしまう。

 そして先生もまんまと信じるなんて、そのうち詐欺に遭うんじゃないかと心配になってくるほどだ。


「おう、そうか、黒瀬を保健室に運んで行ってほしくてな」


 その黒瀬は産まれたての小鹿みたいに足をガタガタとさせている。

そのうち倒れてしまいそうだ。


「分かりました。おい、行くぞ」


 俺が手を引こうとすると黒瀬は俺の手を叩いた。


「触んないで」


 ――くっそめんどくせぇぇぇぇ!!


「分かった。じゃあ、さっさと歩けよ」


 黒瀬は顔を青ざめさせて今にも倒れそうだ。


「おい、マジで俺におぶられるか、自分で歩いていくかどっちかにしろ」

「歩いていくに決まってるでしょ」


 顔は可愛いのに、性格はとことん可愛くねぇな。

 やっと黒瀬は歩き始めた。

 だけどそのスピードは亀の子が歩くように遅い。

 俺は付き添えと言われてしまったので、仕方なく隣を歩いてはいるが、あまりの遅さにイラつきを隠せない。


「あんたなんか、いなくても、大丈夫......」


 まるでダイイングメッセージを残すかのようにそこで倒れてしまった。

 俺は仕方なく黒瀬をおぶって保健室まで運んでいく。


 ――コンコン


 冷たく重厚感の帯びた鉄の扉の向こうからは誰の声も返ってこなかった。


「失礼しまぁーす......」


 誰もいない保健室に少し不安を抱きながら入る。

 俺は黒瀬をベッドに寝かせて校庭に戻ろうと外へ体を向けた。


 ――サボっちゃおうかな......


 正直体育の授業なんで退屈で仕方ないし、なぜ戻ってこなかったって聞かれても保健室に先生がいなかったと答えればいいだけなのだ。


 ふふっ、これで完璧な方程式の完成だな。

 どこか厨二じみたセリフを心の中で叫びながら俺は適当な椅子に座ったのはいいが、あまりに暇すぎて、薬品や器具を遠目に見ることぐらいしかすることがない。

 落ち着きのない小学生のようにしていると黒瀬を寝かせたベッドのカーテンが開きっぱなしだった事に気がついて、締めようとベッドに寄る。


「えっ......」


 思わず声が漏れてしまうほど黒瀬は辛そうな表情をしながら額に汗を浮かべていて、身体は震えていた。

 あまりにその様子が見てられなくて、幼い頃に母にしてもらったように黒瀬の手を握る。


 その手はあまりにも冷たかった。

 顔の色も紫っぽくなっているように見えて、俺は見てられなくなって目を瞑ったまま、黒瀬の手を両手で握り続けていた。


 何分たっただろうか、手の震えはなくなったように思うけど、酷く青ざめた顔はもう見たくなくて、目をひらけなかった。


「東條くん?」


 いきなり声がした事に驚いて、イスから落ちて尻もちをつく。


「どうしてかな......?こんなによく眠れたのは何年ぶりかな」


 黒瀬の顔色はすっかり戻っていて、額の汗も引いていた。

 そして、そこに座っている黒瀬は柔らかい笑みを浮かべていて、彼女からの影はなくなっていた。


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