第20話冷酷姫と十数センチ

「ん、おはよう、東條くん」


「いやいや、なんでここで寝てんの?」


「まあ、そういうことだってあるわよ」


 どういうこと!?


「結局ダメだったのか?」


「うん、バッチリ見ちゃったわ」


 黒瀬は少しだけ視線を下ろしてそう言った。


「それでこっちに来たと......」


 黒瀬の表情は少しだけ申し訳なさそうで問い詰める気も失せた。


「まあ、いいや。まだ四時だけどもう一回寝るのか?」


「うん......だからソファで?」


 正直ソファで並んで寝るなんてなったら、平常心を保っていられる自信なんて全くと言っていいほどない。


 だけど、俺だって寝たいし......仕方ない......


 俺は背もたれの方に頭を向けて黒瀬を見ないようにする。

 ソファが沈むのを感じて、俺は必死に眠気に身体を委ねて、他の事に意識を向けないようにする。


「その、手が繋ぎにくいんだけど......」


「だってそっち向けないんだもん」


 黒瀬は俺の手を必死に握ろうと試行錯誤しているが黒瀬が動く度に俺の背中には柔らかい感触と少しだけ強い圧力がかかる。

 黒瀬の方を向けば確実に理性が吹っ飛ぶ。


「ねぇ、こっち向いてよ......」


「お前が襲われてもいいって言うならそっち向いて寝る」


「分かった。いいからこっち向いて」


 内心で舌打ちをしながら俺は黒瀬の方に身体を向けた。

 暗さに慣れてきた瞳には彼女の姿はくっきりと写って、その大きくて綺麗な瞳に引き寄せられる。

 思わず息を呑んでしまう。


「襲われてもいいんだな......」


「東條くんはそんなことしないでしょ?」


 そしてふふっと笑う黒瀬の息が俺にかかる。

 距離にして15センチくらい先には黒瀬の顔がある。


 俺の心臓はゴングを叩くかの如く大きく動いていて、黒瀬に聞こえていないかと心配になる。


 黒瀬は目を閉じて静かに息を立て始めた。

 これだけ一緒に寝てても、緊張するものはするし、彼女の顔をじっと見つめてしまう。

 改めて見ると、まつ毛は長くて、鼻は形も位置も整っている。そしてプルっとしたピンク色の唇も視界に入る。


 俺の眠気は段々と無くなってきてしまって、理性との戦いを延々と続けることとなった。



 ◇◆◇



「ちょっと!なんでそんな近くで......起きて!!」


 理性と戦い始めて約二時間。どうやら俺はこの戦いに勝てたらしい。


「良かったぁ......」


「どこが!超えちゃいけないライン超えてるよ!!」


 俺はふっと緊張の糸が切れて、安心感が溢れ出てくる。


「ありがとうなぁ......すずねぇ〜」


 今にも泣きそうな声が出てきた。


「ちょっとなんでそんな泣きそうなのよ!?」


「マジで、理性との戦いだった......」


「あっ、司、ちなみに何分くらい?」


 涼音気の毒そうな視線を俺に向ける。


「二時間......」


「あんた、ほんとに男なの......」


 そう言うと少しだけ涼音が引いていた。


「とりあえず、黒瀬起こしていいかなぁ」


「あ、うんいいんじゃない?んで、花音ちゃんはどうしてそんなに安心そうな顔して寝れるの......」


 俺はいいという言葉を聞いた瞬間に黒瀬の肩をトントンと叩いた。


「んんっ。むぅー」


 俺はまだ瞳を開かない黒瀬の肩を揺する。


「黒瀬、起きろ」


「ん......おはよう......」


 体を起こしてくれた黒瀬に心底安心した。

 そして思い出したかのように眠気が再来した。


「涼音、ちょっとねる......」


「うん......おやすみよく頑張ったね......」


 涼音は俺の頭をぽんぽんと撫でる。

 今はそれを払う気もなくて、ベッドに向かって一直線に歩いた。



 ◇◆◇



 二人が作ってくれた、朝ごはんを食べて俺たちはショッピングモールに来ていた。

 そのショッピングモールはかなり広くて一日退屈せずに済みそうだ。


「へぇーこれ可愛いなぁ〜」


「これも可愛いなぁ〜着てみちゃう?」


 ウィンドウショッピングと言っていたのに二人が通りかかったほとんどの店に入っていってその度に色々かものに関して意見を交わしていた。


 そうしているとあっという間に時間は過ぎていって小腹が空いてきていた。


「二人ともクレープとか食べるか?」


「「食べる!」」


 そして、二人から希望を聞いて買いに来る。

 少しだけ高いけど、我慢すればいいやと思い、購入した。



「ほいっ」


「ありがと、司」


「東條くんありがとう」


 そして一斉にクレープに口を付けた。


「司もこれ食べる?」


 涼音がクレープを少しだけ俺の方に持ってくる。


「貰おうかな」


 そして、俺は涼音のクレープを齧った。


「ん、美味しいな」


「そうでしょ。って、ほっぺにクリームついてるよ」


 そう言って、涼音は俺のほっぺに付いた生クリームを指で拭き取って舐めた。

 その行動に少しだけドキッとしてしまって、涼音の顔が見れなくなる。


 周りを見ると黒瀬と涼音がいるからか少しだけ注目を受けていた。

 そして、男性から何かの感情を含んだ視線がズバズバと刺されるように飛んできていた。



 俺たちはクレープを食べ終えてまた、お店を回り始めた。


「ちょっと私、気になるお店あったからあの店に行ってるね」


「分かった」


 そして、涼音が俺を呼ぶ。


「ねぇねぇ司〜どっちがいいかな?」


 涼音が持っているのはひまわりがプリントされた白いワンピースと、ラフな感じの半袖のパーカーだ。


「涼音って少しだけ選択が子供っぽいよな......」


 涼音は頬を膨らまして文句を言ってくる。


「子供っぽいとか言うな。司はどれがいいと思う?」


 そして俺は少しだけ大人っぽい印象のある半袖の黒のハイネックトップスを手に取った。


「私には似合わないって」


「まあ、着るだけ着てみろって」


 俺は涼音の背中を押して試着室まで行った。

 そして数分して、カーテンが開いた。


「やっぱ髪下ろしてるとこういうの似合うな」


「そうかなー?自信ないなぁ」


「下にロングのスカートとか履いたらめっちゃ良さそうだぞ、こういうのにも挑戦してみたらどうだ?」


 涼音は迷っている様子を見せていた。


「ん〜?まあ、結構リーズナブルだし、買ってみる!ありがと司っ!」


 そして俺と涼音は黒瀬がいるであろう店に向かった。


「居ないね、花音ちゃん」


「そうだな、店員さんに聞いてみるか」


 そして俺たちは店員さんに問う。


「あの、短めの黒髪の上下白の服をきた女の子がどこ行ったか見ました?」


「おそらくですけど、多分この店には来てないですよ」

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