第40話主役

多くの人たちの波をかき分けて俺は涼音を追って走る。

やがて人ごみを抜けて涼音の背中を視界にとらえた。


「涼音っ!」


その声に涼音は反応しない。むしろ走るスピードを上げたようにさえ見えた。

俺も全力でその弱弱しく見える背中を追いかける。

そしてだんだんと近づいていく彼女の背中。

もう手が届くところまできた。そして彼女の細い手首をつかんで彼女を引き留めた。


「離してっ!」


涼音からこんなにも拒絶されたのは初めてだ。少なからず俺の心にもその言葉は深く刺さる。


「いいや、それはしない」

「どうしてっ!……どうして」

「こんなことを言ったら今の涼音は傷つくかもしれないけど、言うね……。それは


涼音が俺にとって大切な人だから」

涼音の瞳から一滴、また一滴と涙があふれてくる。

俺は多分、最低なことを言っている。

手紙を見るにおそらくラブレター。俺はそれを渡そうとしてくれていた女の子の前で違う女の子に告白して、付き合うことになったのだから。

そして、失恋をした涼音に向かって大切な人だなんて最低なこと極まりないだろう。

でも、俺は涼音を信じているから言える。本当に大切な友達だと思ってるから言える。そんな一言だった。


「ばか……最低の男」

「自覚してるよ。でも涼音とはずっと仲良くしていたいから」

「わかったよ……何か不貞が見つかったら私とハグしたこと言うからね」

「それはつらいなぁ……善処するよ。それじゃあ戻ろうか?」

「待って」


涼音の口から放たれたその言葉はやけに力強かった。


「ん?」

「これだけは言わせてほしくて。けじめをつけるために。諦めるために……」

「わかった」

「司、好きです」

「うれしいよ。でも、ごめんね」

「うん……ゔん。ありがとう」


涼音の瞳から流れる涙は留まるところを知らず、無常にも流れ続けた。

そして、とても綺麗だった。

俺は何も言わずにハンカチを差し出して近くのベンチに涼音と隣り合わせになって座った。

しばらく無言で俺にとってはかなり気まずい時間が流れていく。

煌々と光る街灯はところどころで点滅を繰り返していて、暗がりを作り出していた。

しばらく座っていると涼音が勢いよく立った。


「それじゃあ戻ろう!!」


やっと準備ができたみたいだ。俺も戻ろうとして立ち上がる。

でも、涼音は次の一歩が踏み出せないようだ。


「……もうちょっとだけ待って」

「仕方ないな」

「あと胸貸して」

「おい。それは……」

「間違えて花音ちゃんに言っちゃうかも」

「お前な……」


そして俺は結局胸を貸すことになり、ハグすることもできず行き場のない手をただ後ろで組んでいることしかできなかった。




「ありがと。もういいよ」

「もういいよってなぁ……」

「ふふっ。ごめんね?今度こそ戻ろうか?」


俺たちは足並みをそろえて、みんなの待つところへ歩き始めた。





「東条くん遅い!!今日の主役がどこ行ってたの!?」

「今日の主役って……それはみんなだろ?」

「じゃあ今日のヒーロー!」

「深山さんは一体俺に何をさせたいんだ……?」


俺と涼音が戻っても空気が変わるなんてことはなかった。

むしろ少し盛り上がったようにさえ感じた。


「別に何も~ねっ!花音ちゃん?」

「あ、うん。大丈夫だから早く司くんもこっち来て!」


そういわれてしまったら行くしかないだろう。俺はゆっくりと歩いて花音の隣に座った。

座った時になぜだか目を合わせてしまい、花音がニコッと笑う。

そのままお互いを見つめあうという状況が続いてしまって、その声に出すことも許されないような雰囲気が周りにまで伝播し、みんなが俺と花音を見ているという変な状況。そんな空気にしびれを切らして俺は声を上げた。


「おい!静かになるなよ!俺と花音はなんもしないからな!」


花音も隣でコクコクとうなずいている。


「いや気にしなくてもいいんだよ?私たちはいちゃいちゃしてる二人を脳内に保存するだけだから」

「それが嫌なんだよなぁ……」

「ってもう時間やばいじゃん!?司くんと花音ちゃんのイチャイチャはお預け!先に会計を終わらせよう!!みんなみんな!テーブルごとに確認して~よろしく!」


築けば時間は八時過ぎ。つまり二時間近く滞在してしまっていたのだ。

それに気が付いた深山さんは急いで俺たちのテーブルでお金を集めてくれた。それぞれ自分が食べた分のお金を払うだけでいいので大した労力はない。


「ありがと。深山さん」

「ど~いたしま~してっ!」


彼女はすこぶる笑顔で俺たちを祝福してくれているようだった。

こんな日々が長く続くといいな。



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