第16話冷酷姫と席替え

黒瀬との半同棲生活は今日で終わりだ。


その事を嬉しくも、少しだけ寂しくも思いながら授業を受ける。


晴れていた空は少しだけ陰りを見してきていて、クーラーの効いた教室がさらに寒くなったように錯覚する。


テスト前のピリッとした空気に意識を引き戻されて、先生の話に耳を傾ける。

かと言っても今は食後の五時間目。

そして、授業は現国。

意識は緩慢になってきて、眠気が襲ってくるのはほぼ確定事項だ。


瞼が段々と重くなってきて、先生の話も右から左へと流れて行ってしまって、ほとんど覚えていなかった。



◇◆◇



「司、起きろ」


声のした方向に顔だけを傾けると完全に暗かった視界に明るい光が入ってくる。


「ん?あぁ、寝ちゃったか」


皆が立ち上がって話している光景を見て、既に授業が終わったと分かる。


「どうした?風季?」


「いや、別に理由はないけど話に来ただけだ」


「めんどくさいから帰れ」


「お前、本当に冷酷王子って呼んでやろうか?」


「嘘だ。許せ」


風季は「なんでそんなに態度がでかいんだよ」といって嘆息していた。



次の時間はLHRロングホームルームで席替えなので皆気の抜けた表情を見せていて、「誰と隣になるかな」とかを高い声でキャッキャと話している。


俺もこれからの新しい出会いに少しだけ心を躍らしている。

表情にはおくびも出さないけど......


そして、六コマ目の始まりを告げるチャイムが鳴って、先生が入ってきた。


「席替えするぞー!」


皆周りの人と話し始めて騒音が少しだけ大きくなる。


ホームルーム委員がくじの入った箱を持って来て、そしてくじを引いていく。


『91』


九十一?あっ、十六だった。

十六は窓側の後ろから二番目だかなりいい席だろう。

あとは周りが誰になるかだが......


名前の書かれた紙を見るとまだ俺の周りには誰の名前も書かれていなかった。


「司」


呼ばれて後ろを振り返ると少しだけ赤みがかった髪が目に映る


「涼音か、どうした?」


「隣だねっ!」


そう言って17と書かれた紙をひらひらと見せてくる。


「ああ......よろしくな......」


「なんでちょっと嫌そうなの」


涼音は頬を膨らまして抗議してくる。


「だって、なんか授業中にちょっかいかけてきそうじゃん」


「いや〜まあ、それはするけどさ......」


さも当然みたいな顔で言うな!

そして俺が問い詰めようとするとそそくさと自分の席へ戻って言ってしまった。


俺が恨めしそうな目で涼音を見るが、意にも止めずに近くの女子と話し始めていた。

そして名前の書かれた紙に視線を戻すとほとんどの席が埋まっていた。


ええと......俺の後ろは

『黒瀬』


まじか〜

知らない奴よりはいいけど、冷酷姫が後ろか。

この席になるのは来週かららしいので今日で近くのメンツとはお別れだ。


軽く「じゃあね〜」と言葉を交わして、あとはスマホで行うアンケートで六コマ目は終わって帰る時間となった。


帰りのHRホームルームの途中で俺にLINEが届く。バレないようにスマホを覗き見ると、黒瀬からメッセージが来ていた。


『今日は一緒にかえろ?』


高校生なら一度は言われてみたい言葉が飛んできた。

俺は短く端的に『うん』と返信した。



◇◆◇



「席近かったね」


「そうだな」


黒瀬の顔には笑みが浮かんでいてきっと小さい頃はいつもこんな風に笑っている天真爛漫な子だったんじゃないかと考えてしまう。


「今日で一緒に生活するのも終わりだね......少しだけ寂しいな......」


「まあ、会えないわけじゃないし、時々勉強会でも一緒にすればいいさ」


正直に言うと冷酷姫モードの黒瀬には抵抗というか苦手意識がまだ少し残っている。


つまり俺の口からつい漏れたのは今の黒瀬に対する言葉であり......

俺が放った言葉の対象に冷酷姫は含まれていなかった。


それに黒瀬は気がついてはいなかった。

でも、その言葉に嬉しそうな表情を浮かべる彼女はとても純粋で人の醜さを知らなすぎた。



自転車で俺の家の前まで来てそこで自転車を置くために黒瀬は一旦家に帰った。

そして今は荷物を取りに来るはずの黒瀬を待っている。


洗濯していた物は一応畳んでおいたがバッグに入れるというのは俺には出来なかった。


――ピンポーン


俺がドアを開けると、別れた時そのままの制服姿の黒瀬が立っていた。


「一応洗濯物はまとめておいたから自分でしまってくれ」


少しだけキッとした目で見られるが、仕方ないだろう。


だって下着のサイズとかも知っちゃったし......

Dという立派な物をお持ちであった......


黒瀬が荷物をまとめ終えて出ていこうとする。


「一週間ありがとうございましたっ!」


「うん。黒瀬の家まで荷物運ぶけど?」


「じゃあ、お願いしようかな」


そうして共に玄関を出る。


「長いようで短かったな。でもとっても楽しかった!」


「俺も誰かと過ごすっていいなとは思ったよ。俺も楽しかった」


今だけは率直な気持ちを述べる。


そして、黒瀬の家までの道のりはずっと無言だった。


「また、来週」


そして俺は荷物を手渡す。


「うん......」


「じゃあな」


俺は振り返って、エントランスを出ようとする。


「待って!!」


そして俺の手が引かれる。


繋がれた黒瀬の手には昨日みたいな温もりはなくて、酷く冷たかった。


「一人はやっぱり寂しいよ......」


「はぁ......」


黒瀬は目に涙を浮かべている。

最早俺に依存してしまっているという表現が正しい。


「あと二日だけな」


そして、それを許してしまう俺も甘すぎるのかもしれない。

俺と黒瀬の半同棲生活はもう少しだけ続きそうだ。

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