第4話冷酷姫と過去

「まじで疲れたぁ〜」

「あなた、ほんとに時間かかりすぎよ」


 既に時間は七時近くになっていた。


「は?お前の家が汚すぎるだけだろ」

「それでも、もっと早くできたはずでしょ?」

「お前......それは無理があるだろ......」


 彼女の部屋には服が散乱しゴミもかなり溜まっていた。


「お前、冷蔵庫に食材ほとんど入ってなかったけど何食べてんの?」

「いきなり何聞いてくんのよ変態。別になんでもいいでしょ」


 そうは言ってもカップラーメンのゴミが多かったから食生活が乱れている事はだいたい予想はつく。


「お前、まじで体壊すから、食生活は早めに直せよ」

「それはいいからさっさと話を聞かせなさい」

「分かったよ」


 そして、俺は保健室で彼女にした事を全て隠さずに話した。

 罵られるくらいは覚悟していたのだが、以外にもその類の事を言ってきそうな雰囲気は微塵も感じない。


「ねえ、今日もそれやってくれない?」

「なんでだよ。嫌だよ」

「あくまで実験よ三十分だけでいいから」

「分かったよ......」


 そうして俺と黒瀬は彼女の部屋に移動して俺は適当な椅子に腰掛けた。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 俺と黒瀬は手を繋いで彼女はそのまま目を瞑った。

 この汚部屋に、あまりにも乱れた食生活。

 こいつ、もしかしなくても一人暮らしだよな。


家族の写真の一つも見当たらないこの部屋。

寂しさに纏われたような雰囲気。

至って普通の寝息の音は俺の心にささくれを残していくようだった。

 時々、座る体制を変えながらも彼女の手を離すことはなかった。

 性格とは似つかないほど手のひらは柔らかくてしっかり女の子なんだなと思わせられる。


「ん......むぅ......」


 時々上げる声は甘ったるくて、俺の脳内を溶かしていく。


「おい、三十分経ったぞ起きろ」


 俺は彼女の肩を叩きながら起こした。


「......あと五分......」


 ――クッソ。なんでこういう時は可愛いんだよ。腹立つなぁ。

 俺は無理やり彼女を起こした。


「ん?東條くん?なんでうちにっ。ってそうだった手繋いで貰ってたんだよね」


 おかしい。俺の事を黒瀬はあいつとかあなたとか曖昧でぶっきらぼうな表現しかしないのに今はしっかりと呼称で読んでいる。


「効果覿面かよ......」


 俺が頭を抑えていると黒瀬は心配するような声をかけてくれた。


「大丈夫?頭痛い?なんか作ろっか?」

「大丈夫だけどなんか作る材料がないんだよなぁ。黒瀬が良ければ買ってくるか、うちから持ってくるかして作るけど」


 すると、黒瀬は控えめに「お願いします......」と頭を下げてきた。

 俺と黒瀬はそのまま近くのスーパーに向かって歩いていく。


「黒瀬、家に家族とか帰ってきたりしないか」

「お母さんはいるんだけど昔離婚してね......仕送りをしてもらって一人暮らししてるんだほとんど帰ってくる事なんてないよ」

「......なんかごめん」

「いいよ」


 俺は今の黒瀬ならなんでも答えてくれるような気がして色々と話を聞いた。


「普段男に対してあんなに当たりが強いのは?」

「私、ちょっと男性恐怖症みたいなのを拗らせててね、あとは普段はほとんど寝れなくてすごく機嫌が悪いの。こんな口調が変わるほどにね。だから、私はあの保健室であれだけ健やかな気持ちで寝れたのなんて、久々でその話を今日聞きたくて連れ回しちゃったの。ごめんね」


 今の黒瀬はとっても素直で純粋だ。

 だけどそこにもう付け込むような事はしたくなかったから、俺はそれから楽しくなるような事を彼女と話した。


 スーパーで食べ物や調味料を購入した俺は彼女の家のキッチンに立っていた。


「すごいね、女子力たかっ!」

「俺も一人暮らししてるんだけどさ、自然と慣れてきたんだよ」

「東條くんが一人暮らししてる理由。聞いてもいい?」

「うちは両親が海外に赴任してるし、海外に赴任するだけあってお金もまあまああったから、だだっ広い家に一人で住むのが寂しくなっちゃって」

「もしかして東條くんってうちから結構近かったりする?」

「まあ、近いね......」


 今の黒瀬はなんでも話してくれるので、俺も口からタガが外れてしまったように色々と話してしまった。



◇◆◇



「ご馳走様でした!」

「お粗末さまでした」


 ご飯を食べ終わって俺は少し気になっていたことを聞いた。


「あの、男性恐怖症になった理由とかって聞いてもいい?」


 男性恐怖症になるなんてよっぽどの理由がないとなり得ない。それに不眠症の原因は夢に出てくる男性が怖いともさっきは言っていた。

 そして黒瀬は明らかに表情を沈めた。


「うん、分かった。私が男性恐怖症になったのは、中学二年生くらいにかけてなったの」


 俺は頷いて、続く言葉を待つ。


「で、だいたいきっかけは小学四年生の頃、私と両親は夏休みに海外に旅行に行ったのそこで、父がテロに巻き込まれて亡くなったの。さっきは離婚って言ったけど実は違ったの」


 俺は思わず息を呑んで、そして手の平に浮かんだ手汗を抑えるように拳をぐっと握った。


「それはあくまできっかけだった。でもそれからは母がおかしくなってしまったように男を取っかえ引っ変えしてた。既に三十代だったけど綺麗だった母はそんなの関係なしに男を家に連れ込んでた。そして、目まぐるしい環境の変化によって私が男性恐怖症になって毎晩のように悪夢を見てる」


 俺の家とは違う壮絶な過去を彼女は乗り越えてきていた。

 そんな彼女の事を俺は心から尊敬した。


「黒瀬。お前はすごいやつだよ。俺ならとっくに心が折れてるのに、学校に来て、時にはあんなに明るく振る舞ってる。だから俺はお前にしっかりと寝て元気になって欲しい。でもそのためにどうすればいいのかは俺には分からないんだ。自分勝手な押し付けがましいお願いとは分かっているんだけど何か力になれることがあるなら力になりたい」


 すると黒瀬は何かを決心したかのような顔をしている。


「じゃあ一つだけ。今日だけでいいから一緒に寝て欲しい」


 俺はその瞬間むせてしまって飲んでいた水を吐き出してしまった。

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