ムキムキのコーンが、とうきびを剥き剥きする件について
談笑しながら歩くサクヤとコーンの影を追いかける様にゴンベエが歩いている。
慣れた足取りで歩くサクヤは、どうやらコーンの家を知っているらしい。
おそらく挨拶回りとやらで、何度も訪問しているのだろう。
こいつは、こういう事を毎日しているのだろうか。
俺とたった二つしか歳が違わないのに、大したもんだな。
目の前で揺れるサクヤの長い後ろ髪を見ながら、そんな事を考えていると、二人の足がとある家の前で止まった。
「ゴンベエさん、ここが私のお家です」
言われて見上げたコーンの家は、お世辞にも綺麗な家とは言えず、壁がところどころ崩れており、割れたガラスに補強代わりの紙が貼られている。
「この辺りは経済的に厳しい生活を送る者が多いのよ」
コーンに聞かれないようにサクヤがそっと耳打ちしてきた。
なるほどと周りを見回してみると、この辺りの家はどれもつぎはぎの補強をされた家が多い。
「さあゴンベエさん、今から大事なお説法がありますので、お静かにしててくださいね」
胸元の十字架のネックレス―――ロザリオをかざしながら、サクヤがゴンベエに向かって聖女のような微笑みを見せた。
わざとコーンに見える角度でほほ笑む辺りがかなりあざとい。
「シスター月夜見様、お気遣いありがとうございます!!」
破顔したコーンが、感動しきりに何度も頭を下げている。
が、ゴンベエにはすぐに分かった。
『お静かにしててくださいね』とは、直訳すると『余計な事は言わずに黙っていろ』という事だ。
コーンよ、気づくのだ!
と、言ってやりたいところだったが、後が怖いので自嘲した。
「さあ、私の両親も待ちかねています!どうぞお入りください。って、あれ?」
コーンが自らの家の引き戸を開こうとするが、立てつけが悪いのか少し開いたところからびくとも動かない。
コーンが顔を真っ赤にして頑張っているが、一向に開く気配を感じない
「コーンさんヒョロイから力がはいら―――ぐふ」
コーンに見えない角度でゴンベエのみぞおちにサクヤの肘が突き刺さった。
キュンメルの蹴りですらノーダメージだったはずのオリハルコン製の服を貫いて、ゴンベエの臓物に衝撃が走る。
なんというパワーだ。並の防具なら死んでおった……。
しかしながら、このパワーがあれば、サクヤであればこの扉を開ける事は造作もないはずだ。
「コーンさん、その扉シスターに開けてもらったらどうだ?」
突然のゴンベエからの提案に、コーンは真顔で首を数回横に振った。
「男である私が開ける事が出来ない物を、シスター月夜見様が開けられる訳がありません」
「コーンさんの仰る通りです。ゴンベエさん、面白い冗談ですね」
サクヤがはにかんで笑っている。
つられてコーンも「なんだ冗談か」と笑い始めた。
いや、絶対開けられる。こいつなら寧ろ小指一本でやりかねない。
「ゴンベエさんご心配なく。中から開けてもらいますから」
そう言うと、コーンは扉がわずかに開いた所に口を当て、
「おーい!シスター月夜見様がお見えになられたぞ!開けておくれ!!」
家の中に向かって大声を出した。
事の成り行きを後ろから見ていると、暫くして家の中から太い指が現れ、むんずと扉を掴んだ。
「ようこそシスターあああ!!!」
掛け声とともに凄まじい勢いで引き戸が全開放した。今の衝撃の余波で家の外壁のいくつかが崩れ落ちる。
「シスター!今か今かとお待ちしておりましたぞ!」
扉を開けた勢いそのままに、飛び出してきたムキムキの老人が、サクヤの手を掴んで嬉しそうに頭を下げた。
このムキムキの老人が、ひょろひょろコーンのお父さん!??
何度も二人を見比べてみるが、体型も顔も全然似ていない。
コーンが、苦笑いして頬をかいた。
「私と全然似て無いでしょ?私は、よくお父さん似って言われるんですよ」
この人お母さんだったのか!!!
お母さん、ムキムキ過ぎて筋肉が性別を超越してしまっている。
「あらあら、シスターお待ちしておりましたよ」
続けて家の奥から出てきた人物は、ヒョロっとしており、コーンと全く同じ容姿をしている。
外見の違い強いて言うと、ややコーンより年を取って見えるという事ぐらいだ。
「この人は絶対コーンさんのお父さんだな」
「はい、少しだけ似てるでしょ?」
どの口が言うのだろうか。遠目に見たら完全に同一人物レベルにそっくりである。
少しだけ似てるとかいう次元では無い。
俺も
まだ見ぬ父と母の顔を思い浮かべてみたが、今一つピンとこない。
考え事をしていたゴンベエの肩を、サクヤがポンと叩いた。
現実に引き戻されてふと前を見ると、コーンの両親が興味津々でこちらを見ている。
「ご紹介いたします。こちらはナナシ=ゴンベエさん。今日一日私のお付の者として一緒に村を回ってくれています」
「……えっと」
君の挨拶は、誤解を産むから止めた方が良い、とランツさんに止められている。
果たしてこういう時に、どう挨拶したら良いのか分からず迷っていると、有難い事に先に向こうから挨拶をしてきてくれた。
「初めまして、ゴンベエさん。ババコーンと申します」
マッチョな老人がぺこりと頭を下げた。
「初めまして、ゴンベエさん。ジジコーンと申します」
続いてコーンのお父さんが頭を下げた。
なるほど、挨拶とはこういう風にするのが正解か!
早速ゴンベエも、二人の真似をして挨拶をすることにした。
「初めまして、ババコーンさん、ジジコーンさん、ナナシ=ゴンベエと申します」
ゴンベエは、二人に向けてペコリと頭を下げてみせた。
「さ、どうぞお二人とも家の中へ」
「土間に腰かける桶を置いておきましたので、そちらにお座りくださいね」
どうやら見事に挨拶がうまくいったようだ。スムーズに事が運んでいく。
促されるままにコーンの家に入る際に、「どうだ!」とばかりにドヤ顔で横を見ると、
「はいはい、すごいすごい」
棒読みの返事がサクヤから返ってきた。
ムッとしてサクヤを見返した時、後ろのコーンさんがほほ笑んでいるのが目に入った。
「お二人とも仲が良いですね」
『どこが!?』
思わず声がハモったゴンベエとサクヤを見て「ほらね」とコーンが再びほほ笑んだ。
サクヤがばつの悪そうに用意された椅子代わりの桶に腰かけた。ゴンベエもそれを真似て、横に並んでいた桶に腰を下ろす。
「いつもシスター月夜見様はお一人で行動されておりましたので、ゴンベエさんのような人が現れてくれて、私は嬉しいのですよ」
「それはともかくコーンさん!せっ、折角ですからゴンベエさんにコーンさんの仕事ぶり見せてやってはくれませんか?」
もうこれ以上この話題は耐えきれなかったのだろう、サクヤが強引に話を変えてきた。
突然話の腰を折られたコーンは、一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに「分かりました」と土間に有った大きな籠をゴンベエ達の前へ運んできた。
中には緑の葉っぱで包まれた、楕円形状の物が沢山入っている。
「これはなんだ?」
「『とうきび』という野菜です」
愛おしそうにコーンが籠から一つ取り出すと、ゴンベエに一つ差し出してきた。
受け取ってみると、葉っぱの下から黄色い粒が見え隠れしているのが見える。
「私の家は、この野菜を作り、収穫し、茹でて売ったお金で生活しています。折角ですから私の特殊能力『
コーンが上着をばさりと脱ぎ捨てた。
外見通りあばら骨が浮かび上がったガリガリな身体をしている。
「ゴンベエ、今から凄いものが見られるわよ。しっかり見ておきなさい」
「お、おお」
サクヤに凄いと言わしめる特殊能力、一体どんなに凄いのだ!?
ごくりと唾を飲み込み、瞬きを忘れて注視した。
「はぁぁぁぁぁぁ」
コーンが息を絞り出すように吐き切ると、次いでこんどは目一杯息を吸い込み始めた。上半身を反らして、胸いっぱいに空気を吸い込むと、ピタリと動きを止めた。
『
雄叫びと共に、コーンの身体が急速に膨張していく。あっという間にムキムキになったコーンの外見は、今度はババコーンそっくりである。
「うおおおおおおお!!!はああああああああ!!!!!」
掛け声と共に、高速で次々にとうきびの皮がむかれ、中の黄色い粒が露わになっていく。籠の中に100本以上あったとうきびが、数秒後には全て裸になって並べられていた。
「はぁ、はぁ、……いかがでしたか」
元のガリガリに戻ったコーンが、いそいそと服に袖を通す。
「やっぱりいつ見ても、コーンさんの皮むきは凄いわ!」
「確かに今のは凄い!」
ゴンベエとサクヤは、万雷の拍手をコーンに送った。
コーンは照れ臭そうに頭を掻いている。
「でも、こんなに剥いてしまっても売れてないのでは?」
「こら、ゴンベエ!」
すかさずゴンベエを
「確かに今も貧しいですが、ここ数年は黒猫のおかげで、これ位の数でしたら簡単に売り切れる様になったんですよ」
「黒猫のおかげ……?」
「はい、ここ1年程、この村近辺で頻繁に黒猫が目撃されるようになり、黒猫狩りのクエスト狙いの冒険者が多くこの村に訪れるようになったんです。そうなると必然的にとうきびを買ってくれる人が増えますからね」
黒猫を狙ってくる冒険者が増えれば、この村に落とすお金も多くなるという事だ。
だからアンジェリばあさんは、『この村の住人は、みんな黒猫に感謝しておる』と言っていたのかと、ゴンベエは腕を組んで頷いた。
「ところでコーンさん、俺もコーンさんの
「
そんなことも知らないのかと、サクヤとコーンは眼を見合わせて、やれやれと肩をすくめてみせた。
―――数分後、、、
オリハルコン製の服がはち切れんばかりにムキムキになったゴンベエの目の前に、一瞬で裸に剥かれたコーンの山が積み上がっている。
「うそ……でしょ!?」
「我が家の秘拳なのにぃぃ!??」
サクヤが目を見開いて頭を抱え、青ざめたコーンが地面に四つん這いになり、ケツをプルプルと震わせている。
その落胆ぶりが流石に気の毒になり、ゴンベエは、自分の称号である『レイトブルーマー』が、他人のスキルを真似る事が出来るという事を、二人に教える事にしたのであった。
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