ギルドのカウンターで友達になりたいと叫ぶ

 ひとしきり黒猫の依頼書に目を通したゴンベエは、ランツに依頼書を返した。

 依頼書を受け取ったランツは、先ほど貼ってあった場所と同じところに、依頼書を丁寧に貼り戻しすと、依頼書に描かれている黒猫を、愛おしげに撫でた。


「一億マニーが凄い金額であるということは、なんとなく分かった。でもなぜそんな金額を聖母教はかけたのだ?」

「それもご存じないのですか?いやはや、それなのになぜゴンベエ様は黒猫狩りをしようと思われたのか不思議ですね」


 この依頼書が古いのは、15年間達成されずに貼り続けられていたからだ。

 聖母教が賭けた懸賞金のせいで、15年間も冒険者達に追われ続けている黒猫が、逆に不憫で可哀相に思えた。

 だからこそ、ゴンベエは何故そうまでして黒猫が追われなけばならないのかが、気になったのだ。


「それは、黒猫がこの大陸を支配した魔王ディアヴァルホロ1世の大幹部の一人であり、勇者パーティーが唯一打ち取り損ねた魔王軍幹部唯一の残党だからです」

「……は?それだけで?」


 思わず椅子からずり落ちて声を上ずらせた。

 彼のリアクションを見て、ランツが意外そうな顔をしている。


「なるほど。ゴンベエ様は、ディアヴァルホロ1世が打ち取られてから生まれた世代だからご存知無いのですね。あの恐ろしい魔王の幹部であれば、依頼書が出ても全く不思議ではありませんよ」

「そんなものなのか……?」


 ゴンベエの記憶の中の魔王じいじは、恐ろしさとはかけ離れた存在だ。むしろ優しいと言ってもよい。まあ、ちょっとオリちゃんに対しては厳しかったけど……。


 だが、このランツという人物が到底嘘をついているとも思えない。

 恐らくだが、人間達にとっての魔王じいじは、15年経った今でも恐怖の対象となりえる程の存在であったということだ。

 じいじ、やるじゃん!


「……ただ、一億マニーは法外です。なぜなら、かつて勇者に倒される前の魔王ディアヴァルホロ1世の懸賞金ですら、3000万マニーですから」


 じいじ、部下の懸賞金の半分って、やっぱダメじゃん。

 にやけるゴンベエに構わず、ランツが言葉を続ける。


「おかげで15年経った今でも、ご覧のような感じですよ」


 ランツに促されてゴンベエは後ろを振り返った。

 いつの間にかギルド内の机が殆ど埋まっている。この殆どが、黒猫を狩る為に集まった冒険者達ということだ。

 

「おや?」


 冒険者達の中で、一際目立つ花柄の帽子のところで、ゴンベエの視線は止まった。

 ちょうどバビンスキーとワルテンブルグの机を、ギルドの店員が拭いているところだ。平謝りしている店員の頭を、バビンスキーがぽんぽんと叩いている。


「おやおや、うちの従業員がバビンスキー様のテーブルで何か粗相をしてしまったようだ。……全く危なっかしいですね」


 ランツが雑にカリカリと自分の頭を掻き始めた。

 イライラしているランツの様子から察するに、バビンスキーに粗相をした店員は、後でランツからガッツリ怒られそうだ。


「ところでランツさん、つかぬ事をお伺い致しますが、黒猫と友達になるクエストっていうのもありますか?」


 ゴンベエの質問を聞いて、ランツの頭を掻く手がピタリと止まった。


「今なんと?」

「だから、黒猫と友達になるクエストってありますか?」

「聞き間違いではありませんでしたか……」


 頭を掻いていた手を今度は顎髭にまわして、眉間に皺を寄せると黙り込んでしまった。

 ランツのただならぬ様子に、もしかしたら、また言ってはいけない事を言ってしまったのかもしれないと感じた。


 もしや俺の口、今度こそランツさんの口で塞がれてしまうのだろうか……。

 

 おぞましい想像したゴンベエの肛門に、再びギュッと力が入る。


 だが、もう発言してしまった以上、ランツがどのように答えるかを待つしかない。

 ゴンベエはお尻を椅子にギュッと押し付けて気を落ち着かせると、身じろぎせずにランツの答えを待つことにした。


 ―――少しの沈黙の後、ランツが自らの顎髭に当てていた手を外し、ゴンベエの眼をじっとみつめてきた。いろんな感情が入り混じったその表情からは、ランツの考えを読み解くことが出来ない。


「……ギルドマスターとしてではなく、ランツ一個人として意見ですが、この15年の間、黒猫が人間に被害をもたらした事例は、私が知る限りでは1回もありません。それを考えても、もう黒猫は許されても良いのではと、正直思います」

「ということは?」

「はい、黒猫と友達になるというクエストは現時点では存在致しません」

「そっかぁ。残念だ!」


 黒猫と友達になりつつ、お金を稼げる。ゴンベエにとって、一石二鳥の作戦だったのだが、どうやら世の中は甘くないらしい。


「ゴンベエ様、本当に残念そうですね」

「そりゃそうだ。俺は黒猫と友達になるためにここに来たのだからな」


 言った後でゴンベエは、「しまった!」と思った。

 人間にとって敵である黒猫と友達になりたいという事は、人間と敵対するということを意味する事に気がついたからだ。

 ひいては部屋の中に聖母教の教祖の像を置くような場所である。

 聖母教推しのこの場所で、今の発言は完全なる失言だ。


 恐る恐るランツの方を見て驚いた。

 なんとランツがにこやかに笑っていたからだ。


「ゴンベエ様は世間知らずなようなので、田舎育ちだとは思っておりましたが、ド田舎おぶド田舎育ちですね」

「ド田舎おぶド田舎?」

「ええ、田舎の中の田舎という事です」


 ゴンベエは、「うん?」と、一度首をひねった。

 今のランツの言葉の真意が掴めなかったからだ。


 確かに俺は人間の居ない孤島で育ったが、その事を言っているのだろうか?


「物の例えに伝説級の武器を挙げてみたり、大賢者様の名前をいじってみたり、さらには黒猫と友達になりたいなんて、常識はずれにも程があります。……ですが、」

「ですが?」


 真っ直ぐに視線を合わせながら、ランツがゴンベエの両肩を鷲掴みにした。

 掴まれたゴンベエの肩から、ランツの力強さが伝わってくる。


「私は、未来ある若者の夢を応援する立場の者。あなたのその黒猫クエストを私個人として受理します」

「……え?」


 ランツから発せられた言葉が意外すぎて、ゴンベエの脳細胞が言葉の意味を解読しきれない。少し間が空いてから、言葉を絞り出した。


「受理しちゃっていいのか?ここ、聖母教だろ?」


 笑顔を崩さないランツに両肩を掴まれたままのゴンベエは、親指で後ろの大賢者ジェラール=フェアテックスの黄金像を指さした。

 ランツはちらりと黄金像を見た後、ゴンベエに視線を戻すと口角を少し上げた。


「ゴンベエ様、この村は別に聖母教推しではありませんよ。すべては、月夜見サクヤ様が聖母教の修道女だからです。シスター月夜見が、聖母教でなければあんな像は立ちませんよ」

「あんな像……、それがおぬしの本心なのじゃな」


 肯定の意思表示の代わりにランツがニヤリと笑った。


「それにしても、アンジェリばあさんといい、ランツさんもシスター月夜見をずいぶん評価しておるのじゃな」

「この村でシスターに感謝していない人物はおりませんよ。あのお方はこの村を救った大恩人です」


 その村の大恩人に、俺は一方的に意識を狩り取られたのだが……。


 やはり、アンジェリばあさんやランツさんと月夜見サクヤのイメージが違いすぎるようだ。もし、同一人物だとしたら、あいつは間違いなく猫をかぶっていると断言出来る。


 そんな事を考えていると、


「マスター、そんなクエスト引き受けて大丈夫っすか?」


 突然、カウンター奥から声がして、ゴンベエはその場で飛び跳ね振り返った。

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