一億マニーってすごいんですか?
「さて、それでは晴れて冒険者となられましたナナシ=ゴンベエ様に、クエストについてご説明致します。あちらをご覧下さい」
ランツが指差した近くの壁に視線を向けると、色々な紙が貼られていた。
ざっと見た限り共通しているのは、紙の下の方に色々な数字が書いてある事だ。
「あれは何だ?」
「あれが冒険者クエストの依頼書になります。冒険者があそこに書かれた依頼内容を達成した暁に、依頼書に書いてある金額を、ギルドから報酬としてお支払するシステムになっております」
オリちゃんから人間社会で生きて行く為にはお金というものが必要だと聞いてはいたが、冒険者はクエストをこなす事で生活費を稼いでいるらしい。
「ということはつまり俺も冒険者となった以上、クエストをこなして報酬を得なくてはならないという事だな」
「はい、その通りでございます」
「よーし!やるのぞう!!」
鼻息を荒くして、ゴンベエは両手の拳を強く握り込んだ。未知なる冒険に対する高揚感で自然と笑みがこぼれてくる。
「ところで、なぜ依頼書によって金額が違うのだ?」
「はい、それはクエストの難易度によって報酬が違うからです。多少例外はありますが、難しいクエスト程、得られる報酬が高くなる仕組みです」
「なるほど、それでは俺向きの依頼は、この中だとどれになるかな?」
「畏まりました。それでは、私がゴンベエ様に最適なクエストお選びさせて頂きます」
カウンターから出たランツが、依頼書の前へと移動すると、顎に片手を当てて依頼書を選び始めた。
「ふむ、ちなみにゴンベエ様のステータスは、大体いくつ位になられますか?」
「……ステータスは全部89だ」
驚いたようにランツがちらりとゴンベエを見て、再び依頼書へ視線を向けた。
「見栄を張らなくても大丈夫ですよ。初心者冒険者は誰でも見栄を張りたがるものです」
「……え、いや」
あまりにも自信満々にはっきり言われた為、ゴンベエは声を上げて否定する事が出来なくなってしまった。
見栄でもなんでもなく、本当にステータスは89なのだが……。
他人にステータスを見せる事が出来ないので証明する事は出来ないだけに、歯がゆいような複雑な気持ちでランツの後姿を見ていたところ、ふと、依頼書の中にある古びた紙に目を引かれた。
黒猫の絵が描かれたその依頼書は、他のどの依頼書にもない程の沢山の0がついている。
「その依頼書が気になりますか?」
いつの間にかランツがこちらを向いている。
なぜだろう、その表情が憂いを帯びている気がする。
「なぜその依頼書は、他の依頼書に比べて古びてるのだ?」
「えっ?あ……ああ、成る程。ゴンベエ様はご存じないのですね。バビンスキー様と一緒にお見えになられましたので、てっきりご存じなのかと」
「一体なんの事だ?」
「畏まりました」とランツが、黒猫が描かれた依頼書を、ゆっくりと丁寧に剥がして、そっとゴンベエに手渡した。
「そのクエストが、今回沢山の冒険者達がこの街に集まっている理由です」
「なるほど。これが黒猫狩りのクエストというやつだな」
依頼書に0が多いので、それだけ懸賞金の額が高いということだろう。確かさっき『一攫千金のチャンスだ』と言ってる人がいたっけ。
「これは15年前に、聖母教が打ち出したクエストで、当時の最高懸賞金である1億マニーという破格のクエストです」
「ランツさん、それってすごいの?」
お金の価値観がまだ分からないゴンベエにとって、一億マニーがどれほどのものなのか、いまいちピンとこない。
そんなことも知らないのかと、バカにされると思ったが、意外にもランツは「畏まりました。ご説明致します」と、にっこりほほ笑み頭を下げた。
「一億マニーとは、普通の冒険者であれば一生かかっても稼ぐことが難しい程の金額です」
「なるほど」
取り敢えず成る程と返事をしたものの、実は、まだあまりピンとはきてはいなかった。何か身近な物で、価値を対比出来る物はないだろうかと考えた末、思い付いた質問をランツにぶつけてみる事にした。
「ランツさん、例えばオリハルコンで出来たダガーナイフだと一億マニーで何本買えますか?」
「オリハルコンのダガーナイフですか?ふふふっ、ゴンベエ様は面白いお方ですね。それは14歳で出てくる例えではないですよ」
ランツにとって今の質問のどこが面白かったか、全く意味が分からない。ゴンベエが困惑していると、おほんと咳払いをしたランツが、一旦表情を整えると、ゴンベエの質問に答えた。
「残念ながら一本も買えません。何故ならばオリハルコンで出来たダガーナイフは、あの伝説の勇者ですら、一生に一度出会えるかどうかの奇跡のアイテムです。お金として価値を付けること自体が不可能です」
「なるほど……」
オリハルコンの武器の価値を知り、オリちゃんをさんざん安物扱いしていた事を、ゴンベエはちょっと反省した。
今度島に帰ったらまじで謝ろう、いや、でも調子に乗りそうだから、やっぱり黙っておこう。
「何か良い例えとなりそうなものは……と」
呟きながらランツは辺りを見回すと、ある方向で視線を止めた。
「そうですね、一億マニーだと、あっちにある黄金像が、だいたい100体ほど買えますね」
ランツが部屋の中心に立っている黄金色の像を指さした。
広場にあった巨大な黄金像を、そのまま小さいくしたような形をしている。
そういえば、広場で見た時から思っていたのだが―――
「あのキモい像、外にも似たのがあったが、あんな気持ち悪いのが100体買えてもすごいのかよくわから―――」
慌てたランツが、急いでゴンベエの口を塞いだ。
「ゴンベエ様!あれは聖母教大賢者様の像です。だれが聞いているかも分かりませんので、大きい声でキモいとか言ったらダメです。今の発言は聞かなかったことにしますので、以後気を付けて下さい」
小声で窘めるランツの顔が、鬼気迫っている。
分かったとばかりにゴンベエが何度か頷くと、ランツがゆっくりとゴンベエの口から手を離した。
「大賢者ということは、ジェラール=フェアテックスのことだな。あんな見た目をしておるのか……」
泡を食ったランツが、慌てて周りを確認し、誰もいないことを確認してから、再びゴンベエに顔を近づけてきた。
「大賢者様を呼び捨てしてもだめです!それも以後気を付けて下さい!」
「分かったのだ。ジェラフェア様ってちゃんと言うようにするのだ」
「略してもだめです!」
割と落ち着いた雰囲気のランツが慌てる様が面白くなってきた。
ゴンベエの口元が自然とニンマリとゆるんで、隠しきれない笑顔がこぼれてくる。
ゴンベエの表情を見て何かを察したランツが、急に真顔になって更に顔を近づけてきた。
「それ以上大賢者様をいじってはだめです。次に余計なことを仰ったら、ゴンベエ様のそのイケナイ口を、……私の口で塞ぎますよ?」
ランツがいたって真剣な表情のまま、口をとがらせてゴンベエに近づいてくる。
なにか大切なものが奪われてしまうような感じに襲われて、思わずゴンベエの肛門がキュッと締まった。
なぜ自分の肛門がそうなったのかは、自分でも説明が出来ないが、恐らくこれは防衛本能というやつだ。
見えない力が働いて、身体が硬直して動けないゴンベエは、かろうじて動く首を小刻みに数回縦に振って意思表示を行った。
「そうですか……。残念ながら、ご理解頂けたようですね」
表情を和らげたランツがゴンベエの口に人差し指を当てると、ニコニコしながら、姿勢を元に戻した。硬く閉まったままのゴンベエの肛門に冷たい汗が流れる。
「聖母教の中には、ゴンベエ様のような人相が悪い子を、あえて屈服させるショタもおりますので、お気をつけくださいね」
ショタ……、さっきもバビンスキーとランツとの会話で出ていたフレーズだ。意味は全く分からないが、感覚的に絶対いい意味ではないと言い切れる。
ショタ恐るべし。そして、人間怖え。
思わず身震いをしたゴンベエは、人間たちの事を知らなすぎる自分の無知を、しみじみと痛感したのだった。
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