恋する乙女の今、過去、未来 ①

 私、なんで走ってるっすか!

 訳が分かんないっす!


 私は今衝動に駆られるがままに走っている。

 あの場に居たら、もうどうにかなってしまいそうだった。


 頬に汗が流れてくる。いや、これは汗じゃない、私の涙だ。

 こうなってしまった原因は、あの目つきの悪い少年の発言だという事は分かっている。

 いや、逆に何気ない発言だったからこそ、私の心に刺さったのだ。


『お主の白い肌も、赤い髪も、青い瞳もどれ一つとして俺に無い物で、素晴らしい個性だと思うのだがのう』


 かつて絶望の淵に居た私を救ったの言葉によく似ている。

 涙を拭いて全力で走りながら、私はあの日を思い起こしていたのだった。


 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 私の本当の名前は、とても長い。


 私の祖国で由緒ある家庭は、先祖の名前を代々繋げる仕来りがあり、私の名前には、父の名前を含めて20人の先祖の名前がつながっているらしい。

 だけれども、まだ小さかった私には、キュンメル=バラクーダ=ジャン・ビルダール三世までしか覚える事が出来なかった。


 私が私の全ての名前を覚える前に、私の国は突然襲い掛かってきた大陸の魔王によって滅ぼされた。

 あっという間に国中が魔物達に蹂躙され、王であった父も、抵抗むなしく魔王の手にかかって殺された。


 私が最後に見た父の姿は、魔王に手ひどく痛めつけられ、血を流しながらも、隠れている私を心配させまいと、おどけてみせた笑顔だった。


 虫一匹たりとも生かさぬ魔王たちの追撃の中、私と母は命からがら海へと逃れた。

 小さな手漕ぎボートの船に母と私の二人。

 優しかった父も、優しくしてくれた大臣たちも、最後まで身を挺して私たちを守ってくれた兵士さん達も誰も居ない。


 絶望の中海で漂流して3日目の朝、私の母も死んだ。

 母の死は、私を庇って受けた背中の大きな傷が原因だとは思ったが、絶望と悲しみに暮れていた当時の幼い私は、たった一人置いて逝かれたショックの方が大きく、それを受け入れる事が出来たのは随分後の事だ。


 昼と夜を何度繰り返したのだろうか、最早空腹すら感じない。生きる気力も失い、ただ死を待っていた私の期待に反して、船はユグドラシル大陸に漂着した。


 運の悪い事に、たまたまそこを通りかかった、高い魔力を持った僧侶の回復魔法によって、私の身体は、たちまち健康な状態にされてしまった。

 ようやく死ねると思っていた私から、死ぬ権利を奪い取られたような気分だった。


 私を回復させた僧侶は私を見て「これはこの大陸では見ない珍しい人種だ。金になるな」と呟いた。

 このまま売られるんだと分かっていたが、生きる気力を失っていた私にとって、それはどうでもいいことだった。


 翌日には私は売られ、狭い檻の中で見世物のように飾られた。

 そんな日々も長くは続かなかった。

 私の買い手が意外に早く現れたからだ。


 それは山の中に住む、子供が居ないカルダッシュという名の夫婦だった。

 髪の色も、肌の色も、目の色も違う私のどこが良かったのか、二人は私を本当の子供のように受け入れてくれた。

 この日から私の名前は、キュンメル=カルダッシュとなった。


 久しぶりに訪れた穏やかな日々、徐々に今の自分を受け入れる事が出来るようになってきたある日、私の肌の色が原因で事件が起きた。


 山の麓の村で流行始めた疫病の原因が、呪われた子である白い肌の私であると、誰かが吹聴したのだ。

 たちまち私たちの家は、怒り狂った村人に取り囲まれ、私は家から引きずり出された。私を庇おうとしたカルダッシュ夫妻も、酷く暴行を受けて地面に転がされ呻き声を上げている。


 張り裂ける程叫んで、声が出なくなるまで、いくら無実だと叫んでも誰も聞き入れてくれなかった。

 結局仲裁に訪れたいつかの僧侶の手によって、再び私は売りとばされ、奴隷へと逆戻りとなった。


 私の髪の色が、肌の色が、目の色が貴方たちと違うから?

 この日から、私は私の見た目が大嫌いになった。


 次の私の買い手は、絵に描いたようなクズだった。

 表向きは立派な領主だが、裏では私達のような身寄りのない子供をペットとして扱い、飽きたらガラクタのように捨てるような男だった。


 だが、最早生きるのもどうでも良くなっていた私は、何をされようがどうでも良かった。

 虐待をされようが、何をされようが反応を示さない私を見て、領主も面白くなかったのだろう。

 私は一人暗い地下牢に繋がれ放置され、ただ死を待つだけの日々をすごす様になっていった。


 それからどれくらいたったのだろうか。いよいよ意識が朦朧としてきた。

 ああ…、やっとお父様とお母様やみんなの所へ行ける。

 ゆっくりと瞳を閉じたその時、私は誰かに抱きしめられ、そのまま意識を失った。


 次に意識がはっきりとした時、私はベットの上だった。

 ここは天国だろうかと期待したが、全身の肉体的な痛みが私の淡い期待を打ち砕いた。

 またしても私は死に損なってしまったのだと分かった時、「ころして!もういやだ!生きたくない!」と声に出して、私は心から神に死を懇願した。


 そんな私の声に反応したのは、人間の声だった。


「辛かったね。でももう大丈夫だ。私たちのパーティーが全て解決した」


 そういって私の手を強く握ってきたのは、三白眼で悪者顔だが、勇者を名乗る男だった。良く見ると3人の人間が私のベッドを取り囲んでいる。


 お腹の大きな、恐らく身重な女の人と、白いひげを蓄えた老剣士と勇者と名乗った男の3人だ。

 3人は私の処遇を決めかねているようだった。


「さて、この子をどうする?」

(もうころしてほしい)

「私達にもうすぐ子供が生まれるから、今は引き取れないし」

(もうつかれた……)

「この子、私が預かってもよろしいですか」

(……………)


 老剣士が静かに手を挙げた。

 この人も私をいじめて、今度こそ私を殺してくれるのだろうか。


「え?ランツさんいいんですか?今度サウスサンプトンのギルドマスターに就任するから忙しいのでは?」

「大丈夫です。この子はきっと私のギルドの看板娘になってくれます」


 ごつごつした手がわしゃわしゃと私の頭を乱暴に撫でた。


 この人の好さそうな人が今度は私をこき使うつもりらしい。

 こいつも領主と同じで、外面だけ良いクズだと思っていたが、そうでは無い事は一緒に生活し始めてすぐに分かった。


 髪の色も、肌の色も、目の色も他の人と違う私を、ランツさんは本当の孫のように大切に扱ってくれた。


 ランツさんの人柄なのか、サウスサンプトンの村のみんなも優しく接してくれた上に、こんな私に、なんと母親役まで買って出てくれる人まで現れた。


 ランツさんに引き取られてから、モノクロだった私の世界が、ほんの少しずつ色づいて見えるようになってきた。


 久しぶりの穏やかな日々。


……だが幸せを思い出す程、私の脳裏に、私の肌の色が原因で迫害された、カルダッシュ夫妻の事が思い出されてならない。


 いつまた私のせいで、この幸せが壊されるのかもしれない。


 私の心の何処かで、決して消える事のない恐怖がいつも燻っていた。


 ―――そして私が最も恐れていたその日が、ついにやってきてしまった。


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